日蓮正宗・冨士門流(富士門流)と仏教及び総称日蓮宗の研究

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重要なお知らせ
黒川和雄一派遁走宣言

 黒川和雄一派(会長・黒川和雄君、宣伝担当幹部・後藤貴之君、代表相談役・松木孝嗣君)に対して、法華講員である私は、黒川和雄一派の宗規違反、講頭・副講頭経歴詐称、紙幅戒壇本尊論や三寶破壊などの大謗法行為、御法主上人猊下への退座要求や末寺御住職への辞職要求、御宗門や御僧侶方の著作権を侵害した悪質な犯罪行為、法華講員への誹謗行為などを指摘、また公開質問したところ、黒川和雄一派は回答不能に陥り、遁走しました。
 よって、過去の記事や将来の記事に対して今後、黒川和雄一派からの反論、辯疏、難詰、難癖、質問、問い合わせ等が仮にあったとしても一切応じることはありませんし、遁走した相手に私が応じなければならない責務もありません。
 読者である日蓮正宗檀信徒・法華講員同志の皆様には、三宝破壊の大謗法の徒輩である黒川和雄一派の虚言や謀略に惑わされることなく、所属の菩提寺様を帰命依止の当詣道場として、御住職様・御主管様に師弟相対した活動のみを行い、間違っても黒川和雄一派や樋田昌志一派のように総本山・菩提寺・檀信徒の縦糸と連合会・講中・講員の横糸の宗紀を紊乱するような行為は一派を反面教師として誡めて頂きたく、心からお願い申し上げる次第です。
 また今日まで黒川和雄一派問題に関して種々の情報提供、御支援、御助言、御支持を賜った宗内諸大徳及び法華講員同志の皆様に感謝申し上ぐると共に、弊ブログを読まれて黒川和雄一派(「有志の会」「サークル」)から勇気を以て脱会せられて所属寺院・講中に復帰せられた方々に心からお慶び申し上げます。

 平成二十四年壬辰十一月一日
    冨士宗学研究主人敬白
注目して頂きたい記事
自称「日蓮正宗法華講“有志の会”」不祥事問題の要約(黒川和雄一派不祥事問題の要約)[その1][その2][その3]
黒川和雄一派との係争の経緯(平成22年09月08日時点)
黒川和雄一派の宗規違反及び違法行為に与同する方々へ(覚醒への道)
黒川和雄君への八箇条の質問状
山口範道御尊師の御著書「日蓮正宗史の基礎的研究」PDF配布に関する黒川和雄一派への質問状
黒川和雄一派の創価学会無謬論を破折す
価値論教の亜流(黒川和雄一派創価学会同根論と黒川和雄本佛論)
黒川和雄一派「講頭詐称疑惑を破す」の妄言を破す
黒川和雄氏に質す(黒川和雄君の講頭詐称問題に関する記事)
黒川和雄一派の紙幅戒壇本尊論の邪説の経緯
黒川和雄君の支離滅裂な妄論を破す
黒川和雄一派の謬言を指摘す(黒川和雄君の「樒は枯れた時、枯れる前後に取り換えるのが『代々法華講』のしきたり」の謬言を指摘す)
黒川和雄君の講頭詐称色紙から氏名・講頭が抹消(曰く付きの色紙の顛末について)
黒川和雄一派の自称「有志の会」代表相談役を提訴
黒川和雄君の詫び状(謝罪文)(過去に法華講員に対して悪行をなしたことを謝罪した黒川和雄君の詫び状)
苫小牧市・佛寶寺所属を自称する逆賊・後藤貴之君の反宗門発言を指摘す
(平成24年10月19日に「憂宗護山の御為に、間違いを指摘する」を改題)
黒川和雄一派の後藤貴之君に告ぐ
黒川和雄一派に告ぐ(個人情報通知を拒否す)
黒川和雄一派所属の札幌在住謀略者某の虚言を破す
黒川和雄一派惨敗(黒川和雄一派からの回答受け付けを終了)
「長野県妙相寺信徒」を僭称する者の妄言を論破す(並びに樋田昌志一派を誡める状)
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HNれいな氏設立自称「日蓮正宗法華講“有志の会”」不祥事の解決を願って

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妙教平成二十五年二月号を読んで

 又もや、弊ブログを二箇月更新しなかった為、御心配をお掛けしてしまいました。この通り、生きておりますので御安心下さいませ。

 さて、日蓮正宗檀信徒向けの教化雑誌である「妙教」(大日蓮出版)平成二十五年二月号の記事の中で数点思うことがあったので、徒然なるまゝに筆を執った次第である。

 同誌「広布への師子吼」の大阪北布教区後編に同地方部壮年部長さんが折伏の不得手について「これをどう解決していくかということで、『まず所属の御住職にしっかりと御指導を受けることです』ということを申しております」(六十三頁)と述べられている。これは折伏に限ったことではなく、問題がある時、疑問がある時、また日々に御住職様・御主管様に御指導を求めることが大切であると感じた次第である。そこから所属寺院・菩提寺を帰命依止の当詣道場と仰ぐ実践となり、トイレのスリッパを揃えたり、本堂に塵が落ちていれば拾うなりして、根っからの法華講員になっていくのであろうと思う。

 法華経従地涌出品第十五に「不染世間法如蓮華在水」とある。菩提寺を帰命依止の当詣道場と仰ぎ、師弟相対の信心をしていけば、心根から清浄となり、清らかなな華を咲かすのであろうと思う。その過程のスタートこそは、まさに「まず所属の御住職にしっかりと御指導を受ける」ことであろうと、頷いた次第である。

 同誌に「良い縁をつないで」と題した日轟山法道寺御信徒の体験発表が掲載されている。法道寺様には御縁があり、数え切れない程参詣させて頂いたことがある。いつも暖かく迎えて下さった御恩は終生忘れ得ぬものである。この体験談を拝見して、法道寺様での思い出を懐かしく思った次第である。

 同誌「信心の原点(十八)」に所作佛事として勤行の仕方が書かれている。「二人以上で勤行を行う場合」(七十九頁)として三点書かれているが、私としては僭越乍らもう一点補足させて頂きたく思う。それは勤行や御講でも然りであるが、導師以外の方が御観念文を黙読されていることがあるけれども、総本山第六十五世日淳上人は「導師に対する越権である」と御指南あそばされているので、注意して頂きたいのである。また御観念中に御経本の頁を捲るのも、御住職様の御観念の妨げともなるので、日淳上人の御指南に隨い奉るべきであろうと思う。

 勤行の仕方について、「どうしても我流のやり方になってしまうものです。私たちは信心の道場である寺院に参詣し、御住職・御主管のもとで勤行に参加して、正しい勤行を身につけるよう心がけましょう」(七十九頁)とある。所属寺院に参詣し、所作を学ぶのも師弟相対の一環であると思った次第である。
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  1. 2013/04/26(金) 07:00:00|
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第二十八回地方部総会

 昨日(二月二十四日)は、日蓮正宗法華講連合会東京第一地方部第二十八回総会に参加させて頂いた。従来、弊ブログでは詳細に地方部総会の模様を記述して来たが、ある御僧侶より今年に限っては詳細に書かない方が良いだろう、との御助言を頂戴したので本稿では詳細には記述しないことにする。

 会場となるは、向島・久遠山常泉寺。この地は昔は小梅と呼ばれていたが、山門前や御宝蔵前では梅の花が競うかのように咲いていた。本堂内には「団結前進の年」、「目指せ達成率日本一!」、「今こそ団結、三年連続折伏誓願を勝ち取ろう!」のスローガンが掲げられた。

 体験発表はOT氏、MK女史、KK女史。OT氏は次々と折伏を成就されたこと、MK女史は朝参りと折伏しながら病気を克服されたこと、KK女史は苦境の中で次々と環境が整えられたことを披露され、感動の涙を誘った。御三方のうち、お一方(ひとかた)と個人的に私はお話しをさせて頂いたが、共鳴するところ甚だ大であった。

 東京第一地方部は日蓮正宗法華講連合会(全国)の牽引車とされて来たが、決意発表の中では「世界(法華講)の牽引車」たるべく精進するとの決意を披露されたのが印象的であった。

 来賓として法華講連合会委員長・永井藤藏氏の祝辞があった。祝辞の中で東京第一地方部は全国のリーダーであり、外護の模範であり、御自身も東京第一地方部に常泉寺の御寶前で学ばせて頂いたことを述べられた。

 御祝辞は宗務総監・常要院日照御能化(法道院御主管)より頂戴した。既に東京第一布教区内では、三箇寺が本年度の折伏誓願目標を達成されたことを発表されると共に、東一(東京第一地方部)は広布の中核たれと仰せになられた。

 本総会は結集目標が一千二百名であったが、一千四百八名(閉会時の発表)の大結集を以て、広宣流布の陣列が集い、閉会後は左右に座る同志に所属寺院を告げて握手する光景があった。

平成25年度地方部総会01

平成25年度地方部総会02

第二十六回地方部総会(平成二十三年度)
第二十七回地方部総会(平成二十四年度)
  1. 2013/02/25(月) 07:00:00|
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戸田城聖創価学会第二代会長の御長男・喬久氏御逝去

 創価学会第二代会長・戸田城聖氏の御長男・喬久氏が一月四日に亡くなられた。享年は七十七歳。一月二十八日、菩提寺にて講中の仲間から知らされた情報である。戸田家の菩提寺である日蓮正宗霊鷲山常在寺の御住職・阿部信彰御尊師(宗務院布教部長)の御導師を賜り、御通夜・葬儀告別式は日蓮正宗の伝統の儘に恙無く執行された。

 本稿は戸田家の私事であるから書いてはならないと判断していたが、週刊新潮(平成二十五年二月六日発行)に喬久氏が亡くなられたとの報道がある、との御連絡を同志から頂いたので、些か書こうと筆を執った次第である。

 喬久氏の御戒名は一月二十八日に私は知らされているが、週刊新潮には御戒名までは報道されていないとのことなので、戸田家の私事であるから公表は出来ないけれども、立派な御戒名を頂戴している。喬久氏は戸田家当主として日蓮正宗常在寺には度々参詣せられていたことは、東京第一地方部の法華講員の間では夙に知られていたけれども、こうした日頃の信仰が立派な御戒名を授けられた所以であろうと思ったものである。

 二十数年前のことである。ある創価学会会員が脱会されて、法華講員になられた。その当時、私はこの方から戸田時代の創価学会についてお話を伺ったことがある。この方は創価学会の「男子部第○部隊」に属した経歴を持つ、戸田時代を経験された方であった。

 戸田聖城氏や池田大作氏も当時は身近な存在であったとも聞かされている。美点もあれば汚点もある。他人に聞かせるに相応しくないものもある。しかし私は法義には関係ない事柄を晒したり、論(あげつら)うことを良しとしないので、この方から聞かされたことの多くは公表することはない。

 この方から聞かされたものの中で興味深く思った話は、戸田氏は「日蓮正宗」を「にちれんせいしゅう」と云っていたことについてである。戸田氏が「にちれんせいしゅう」と云っていたことは、御宗門・法華講の間でも知られていることであるが、この方から聞かされたのは、戸田氏は会合の後などに気軽に質問を受け付けて回答していたことである。

 「(戸田)先生は日蓮正宗のことを『にちれんせいしゅう』と云いますが、御宗門の先生(御僧侶)方は『にちれんしょうしゅう』と云ってます、猊下様もそう云っています。どちらが正しいのしょうか?」との質問があったそうである。私はそれを聞いた時に「どちらが正しいのか?」と思うこと自体からして、違和感を覚えたものである。この質問に対して戸田氏は「『しょうしゅう』か、『せいしゅう』か、『まさむね』か(爆笑)」と回答を始められたとのことである。

 私はその回答の続きを尋ねたけれども、この方はそこから先は詳らかには憶えておらず、結論として「日蓮大聖人の佛法であるのだから、御宗門がそう云っているのですから、御宗門が全て正しいのです。読み方も御宗門が正しいのです。猊下は佛様であるから学会員は掌を合わせるのです」と締め括られたことは鮮明に憶えているそうである。

 それから戸田聖城氏は夫人の幾女史や御長男の喬久氏を決して表には出させなかったそうである。聖城氏にしても、幾夫人にしても、喬久氏にしても弁えられていたのであろうと思う。これについては池田大作氏夫人への対比として、この方がお話し下さったことである。

 戸田喬久氏の御菩提を謹んでお祈りし、御廻向申し上げると共に、戸田家が静かに日蓮正宗の御信心を貫けるよう御祈念申し上げ、擱筆するものです。


【追記】平成25年03月19日(火)

 私は何度も述べているけれども、拙稿に異論や反論がある場合は、コメントではなく、メールでお知らせ頂きたいのです。どうか御理解頂きたいと思います。

 二月二十二日に創価学会の方から拙稿についてコメント欄に異論の投稿がありました。コメント投稿者御本人が非公開を希望されているのでそのコメントは公開はしませんが、戸田城聖氏の件の質問はレコードに保存されており、拙稿の回答の件(くだり)とは異なるのではないのか、と御教示でした。

 他にも情報が寄せられ調査を試みたところ、この方と同じ情報をお持ちの方と拙稿の回答と同じ回答を親族から聞いている方もおられることが分かりました。戸田氏は座談会などの会合の後に気軽に質問に応じており、全ての会合が録音されている訳でもなく、またその遣り取りの全てが「質問会集」に所収されている訳ではないので、創価学会の方の異論もまた脱会された方の情報も私の立場では否定し得ません。

 尚、同日に創価学会の方からコメントがもう一件ありました。友人に相談したところ、御隠尊日顯上人猊下を揶揄する電子掲示板のURLが含まれているとのことでしたので、非表示と致しました。

 今後、拙稿に異論や反論を述べるのであれば、コメントではなく、メールでお知らせ下さい。出来る限り対応したいと思っております。
  1. 2013/02/08(金) 07:00:00|
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回答[006]:日蓮正宗の節分会について

 法華講員御同朋から已下の御質問を頂いた。

 ───◇───◇───◇───◇───◇───

所属寺院の節分会に参詣させて頂きましたが、何故、日蓮正宗では「福は内」のみで「鬼は外」は言わないのでしょうか?

 ───◇───◇───◇───◇───◇───

 隨方毘尼(ずいほうびに)と云いまして、佛・法・僧の三寶に違背しない範囲で民族の慣習に隨(したが)っても宜しいと云う法門があります。

 宗祖日蓮大聖人様は月水御書の中で、

 日本国は神国なり。此の国の習ひとして、佛菩薩の垂迹不思議に経論にあいにぬ事も多く侍るに、是をそむけば現に当罰あり。委細に経論を考へ見るに、佛法の中に隨方毘尼と申す戒の法門は是に当たれり。此の戒の心は、いたう事かけざる事をば、少々佛教にたがふとも、其の国の風俗に違ふべからざるよし、佛一つの戒を説き給へり。此の由を知らざる智者共、神は鬼神なれば敬ふべからずなんど申す強義を申して、多くの檀那を損ずる事ありと見えて候なり。若し然らば此の国の明神、多分は此の月水をいませ給へり。生を此の国にうけん人々は大に忌み給ふべきか。

 と仰せです。お正月に御鏡餅をお供えしたり門松を立てたり、また七草粥をお供えしたりしますが、これらのお国風(くにぶり)に隨(したが)うのは隨方毘尼の範囲として行うものです。節分もまた隨方毘尼の範疇にあるもので、絶対にやらなければならない行(ぎょう)ではなく、行への機縁(切っ掛け)として節分会を厳修するものです。

 よって日蓮正宗の節分会において「鬼は外」を云わない教義がある訳ではありませんが、法義上から幾つかの理由があるようです。

 先づ第一に挙げられるのは宗祖日蓮大聖人様の佛法は一切無障碍であることから、佛法を信仰する家には厄災はない、とする理由です。

 第二に悪鬼の鬼子母神は御釋迦様に帰依することによって佛法信者の外護神となった為、法華経を持(たも)ち奉る家には悪鬼はいない、とする理由です。畏れ多いながら、御本尊様の鬼子母神の「鬼」のお文字を拝見すると角(つの)がないのは、この理由によるものと云われております。経王殿御返事には「鬼子母神・十羅刹女、法華経の題目を持つものを守護すべしと見えたり」(平成新編御書六百八十五頁)と仰せです。
節分会、鬼の事(福は内)

 第三に鬼子母神には佛法を帰依する以前の悪鬼と帰依した後の善鬼は不可分な用(はたら)きがあり、「鬼は外」と悪鬼の側面を払えば、その不可分性から善鬼の側面も払ってしまうことになる、とする理由です。また大慈大悲の佛様は鬼をも法悦に浴せしむ大器であり、佛様は鬼を排除なさらないとの意味もありますし、真面目に佛法を信仰していれば悪鬼を恐れる必要もありませんから「鬼は外」と悪鬼を払う必要もありません。

 第四に大聖人様の佛法は厄災を転じるものだからです。四条金吾殿女房御返事に「三十三の厄は転じて三十三のさいは(幸)ひとならせ給ふべし。七難即滅七福即生とは是なり。年はわか(若)うなり、福はかさ(重)なり候べし」(平成新編御書七百五十六頁)と仰せです。

 よって日蓮正宗の節分会では、佛道修行の完遂を誓願する意味から「鬼は外」は用いない仕来りになっております。

 節分はお国風(民族の習慣)です。元来は宮中の行事でした。宮中では「福は内」のみでしたが、江戸時代になると民間にも広まり、「鬼は外」も云われるようになったとのことで、公家の血統を受け継がれる家では現在でも古来宮中の古式を守って「鬼は外」は云わない家もあるそうです。鬼のお面を付ける現代のスタイルは江戸時代以降の民間の風習のようです。

 尚、余談となりますが、節分には柊(ひいらぎ)を門口(かどぐち)に飾る習慣があります。この習慣もお国風(民族の習慣)として隨方毘尼の範囲で許される習慣ですが、日蓮正宗では鰯(いわし)の頭を刺して飾ることは許容しておりませんので、呉々も御注意下さい。
  1. 2013/02/07(木) 07:00:00|
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富士宗学研究リンク集(第03版:平成25年01月31日)

第03版:平成25年01月31日

■日蓮正宗寺院・講中の部

日蓮正宗公式ホームページ
 日蓮正宗公式サイト。[追加:平成21年04月27日]
日蓮正宗教学研鑽所
 日蓮正宗教学研鑽所公式ウェブサイト。[追加:平成25年01月31日]
日蓮正宗青年僧侶邪義破折班
 邪教創価学会を破折する日蓮正宗青年僧侶邪義破折班の公式サイト。[追加:平成25年01月31日]
正榮山妙縁寺
 太夫阿闍梨日尊上人開基の正榮山妙縁寺の公式サイト。東京都墨田区。[追加:平成25年01月31日]
日蓮正宗高照山妙光寺のホームページ

 「根方三かう寺(根方三こう寺)」の寺籍を継承する名刹・高照山妙光寺の公式サイト。東京都品川区。[追加:平成21年04月27日]
本山定善寺HP
 本山・日知屋山定善寺の公式サイト。宰相阿日郷上人の弟子、薩摩阿日叡上人の開山。宮崎県日向市。[追加:平成21年04月27日]
日蓮正宗妙法山蓮興寺
 「根方三かう寺(根方三こう寺)」の筆頭、妙法山蓮興寺の公式サイト。静岡県沼津市。[追加:平成21年04月27日]
日蓮正宗法道院法華講
 総本山第五十六世日應上人御開山の名刹・法道院の講中サイト。我が国最大の規模・陣容を誇る法華講。東京都豊島区。[追加:平成21年04月27日]
日蓮正宗筑波山本證寺
 信行山本證寺の寺籍を継承する名刹・筑波山本證寺の公式サイト。茨城県つくば市。[追加:平成21年04月27日]
日蓮正宗後生山本城寺
 総本山第三十一世日因上人上人御開山の古刹・後生山本城寺の公式サイト。千葉県東金市。[追加:平成21年04月27日]
日蓮正宗 向陽山 佛乗寺
 総本山第六十六世日達上人御開基の向陽山佛乘寺の公式サイト。東京都杉並区。[追加:平成23年04月16日]
大乘山持經寺
 総本山第六十六世日達上人御開基の大乘山持經寺の公式サイト。神奈川県川崎市。[追加:平成25年01月31日]
法光山宣照寺
 総本山第六十八世日如上人御開基の法光山宣照寺の公式サイト。京都府京都市伏見区。[追加:平成25年01月31日]
日蓮正宗 高岡山 大信寺
 淨信寺十周年記念として建立された高岡山大信寺の公式サイト。高知県土佐市。[追加:平成23年04月16日]
日蓮正宗法流山實正寺
 総本山第六十六世日達上人御開基の法流山實正寺の公式サイト。愛媛県今治市。[追加:平成23年04月16日]
日蓮正宗 高岡山 大信寺
 淨信寺十周年記念として建立された高岡山大信寺の公式サイト。高知県土佐市。[追加:平成23年04月16日]
日蓮正宗蓮光山興福寺
 総本山第六十五世日淳上人御開基の蓮光山興福寺の公式サイト。広島県広島市。[追加:平成21年04月27日]
法華講興福寺支部
 日蓮正宗蓮光山興福寺法華講サイト。[追加:平成25年01月31日]
本久山西大宣寺
 総本山第六十五世日淳上人御開基の本久山西大宣寺の公式サイト。広島県広島市。[追加:平成25年01月31日]
日蓮正宗 法華講 寿照寺支部
 常秀院日統上人(大村日統御能化)発願・総本山第六十七世日顯上人御開基の本光山壽照寺法華講の公式サイト。神奈川県藤沢市。[追加:平成23年04月16日]
日蓮正宗專妙寺
 開光山專妙寺のサイト。サイトトップページに「専妙寺支部」の記述があることから、寺院の公式サイトではなく、講中のサイトかもしれない。青森県青森市。[追加:平成21年04月27日]
学校法人大石寺学園上野幼稚園
 学校法人大石寺学園の公式サイト。静岡県富士宮市。[追加:平成25年01月31日]


■日蓮正宗法華講員サイトの部

HNれいな氏設立自称「日蓮正宗法華講“有志の会”」不祥事の解決を願って
 黒川和雄君が惹起した宗規違反・教義逸脱の不祥事を直視して、解決を願われた「こきち」氏のブログ。憂宗護山の誠心に溢れている。冨士宗学研究はこきち氏のブログを推薦する[追加:平成23年04月16日]


■日蓮正宗佛壇佛具店の部

岡本佛具店
 常泉寺御用達の仏壇仏具店。東京都墨田区(久遠山常泉寺山門横)。[追加:平成21年04月27日]
万葉堂
 仏壇仏具店。万葉堂社長が創価学会を脱会された直後に当ブログ筆者は何度かお話ししたことがあるが、とても誠実な方である。千葉県千葉市(美畑山清涼寺近く)。[追加:平成21年04月27日]
誠華堂
 仏壇仏具店。静岡県富士宮市(総本山大石寺近く)。[追加:平成21年04月27日]
天晴
 仏壇仏具店。総本山大石寺奉安堂の御厨子を製作。静岡県富士宮市(総本山大石寺近く)。[追加:平成21年04月27日]
香和
 総本山大石寺塔中・遠信坊の御信徒が経営されている仏壇仏具店。静岡県富士宮市(総本山大石寺近く)。[追加:平成21年04月27日]
石田仏壇店(荘厳舎)
 仏壇仏具店。愛知県岩倉市(蓮華山興道寺裏)。[追加:平成21年04月27日]
正宗仏壇なかむら
 仏壇仏具店。兵庫県加古川市。[追加:平成21年04月27日]
小沢表装
 総本山公認表具師。群馬県富岡市。[追加:平成21年04月27日]
株式会社タケダ
 日蓮正宗佛壇佛具製造卸メーカー。静岡県静岡市。[追加:平成25年01月31日]


■編集後記

 平成二十四年十二月一日に宗務院庶務部のファクシミリ機より「日蓮正宗教学研鑽所ウェブ開設のお知らせ」のファクシミリが送達された。日蓮正宗教学研鑽所は同年八月三十日に開所されたことを知った私は、昭和五十年代に行われていた暁雲会学術研究発表会に想いを馳せた。そして「日蓮正宗教学研鑽所ウェブ開設のお知らせ」を拝見し、心躍るものがあった。
 また今回は正榮山妙縁寺の公式サイトも掲載させて頂いた。妙縁寺は第二祖日興上人・第三祖日目上人のお弟子である太夫阿闍梨日尊上人が開山された名刹である。平成二十四年六月十日には妙縁寺築後二十五周年慶祝法要も厳修され、法鼓を轟かせている。
 同じく今回、法光山宣照寺の公式サイトも掲載させて頂いた。宣照寺は平成の御代に開山したものであるが、個人の御寄進によって建立されたものである。これは特筆すべきことであり、その求道心と法薫は万代に亙って賞賛されるであろう。
 当リンク集の更新はもう少し後にしようと思っていたが、ブログ無更新が一箇月を超えた旨が表示されると、例によって多くの方々に御心配をお掛けするので、更新することにした。既にメールにて心配の声を頂いており、恐縮汗顔の到り。この場を以て御礼とお詫び申し上げる次第である。有り難うございました。


■履歴

平成21年04月27日 第01版
平成23年04月16日 第02版
平成25年01月31日 第03版
  1. 2013/01/31(木) 07:00:00|
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新年に当たりまして

平成25年度大石寺奉安堂と頌春

 懼れ多くも畏くも、
天皇陛下、国母
皇后陛下におかせられましては、御公務極めて御繁多にもかゝわりませず、国民一同を赤子として一視同仁に見そなわし給いますこと、恐悦至極に存じ奉り、御恵み深き大御心に感謝申し上げ奉る次第であります。

 また日蓮正宗総本山多寶冨士大日蓮華山大石寺第六十八世
御法主日如上人猊下、第六十七世
御隠尊日顯上人猊下におかせられましては日蓮正宗檀信徒・法華講衆に大慈大悲の御教導を垂れ給う御仁慈に感謝申し上ぐると共に、御壮健に亙らせられ新年をお迎えこととお慶び申し上げます。

 御住職様・御主管様、宗内諸大徳、並びに御所化各位にも感謝申し上ぐると共に、清々しく新年をお迎えこととお慶び申し上げます。

 冨士宗学研究読者の皆様にも謹んであらたまの歳の初めをお慶び申し上げます。

 平成二十七年第二祖日興上人御生誕七百七十年を期して法華講員五十%増の折伏教化の目標は、昨年におきましては更に顕著に成果を実感できる一年でありました。御報恩御講等の菩提寺行事に於ては本堂内を見渡すと参詣者の増が目に見えて判かります。各末寺が御法主上人猊下の御指南の御下、御住職様・御主管様の御指導の下に、僧俗一致して、講中一結しての折伏行や唱題行の実践の成果であると確信しております。

 観妙院日慈上人は「信心は観念の遊戯ではない」と訓誡あそばされましたように、インターネットに燻っていては昨年の成果は得られなかったと断言するものです。而して菩提寺に参詣して、唱題を行じ、現実社会で地道に折伏を行じられた全国法華講衆に対して同志として敬意の念を抱くものです。

 しかしながら、インターネットも偶には有用であるのも事実です。電子メールで同志と連絡を取り合う、またインターネットの情報を見て自ら寺門を叩かれて入信された方もおられます。ある既成宗派の檀家さんが日蓮正宗には戒名料がないとの拙稿を読まれて、自ら寺門を叩き、御住職様からお話を頂き、その日の内に御授戒を受けられております。私はそれをお聞きして、冷や汗が出る想いを致しました。

 しかしインターネットが有用だとしても、御住職様からお話を頂いたように、直接お会いして、対話をするからこそ実りがあるのだと思います。やはりインターネットの中には佛道修行はありません。それを多くの法華講員が確信しているからこそ、昨年の成果があったのだと思っております。

 年頭に当たりまして、皇室の弥栄、日本国の復興、冨士宗学研究読者の皆様の御健勝と所属講中での御活躍を佛祖三寶尊様に御祈念申し上げ奉り、一言以て新春の挨拶と致します。

(※本稿は予約投稿であり、零時零分に投稿したものではありません。)
  1. 2013/01/01(火) 00:00:00|
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黒川和雄一派遁走宣言

黒川和雄一派遁走宣言


 黒川和雄一派(会長・黒川和雄君、宣伝担当幹部・後藤貴之君、代表相談役・松木孝嗣君)に対して、法華講員である私は、黒川和雄一派の宗規違反、講頭・副講頭経歴詐称、紙幅戒壇本尊論や三寶破壊などの大謗法行為、御法主上人猊下への退座要求や末寺御住職への辞職要求、御宗門や御僧侶方の著作権を侵害した悪質な犯罪行為、法華講員への誹謗行為などを指摘、また公開質問したところ、黒川和雄一派は回答不能に陥り、遁走しました。

 よって、過去の記事や将来の記事に対して今後、黒川和雄一派からの反論、辯疏、難詰、難癖、質問、問い合わせ等が仮にあったとしても一切応じることはありませんし、遁走した相手に私が応じなければならない責務もありません。

 読者である日蓮正宗檀信徒・法華講員同志の皆様には、三宝破壊の大謗法の徒輩である黒川和雄一派の虚言や謀略に惑わされることなく、所属の菩提寺様を帰命依止の当詣道場として、御住職様・御主管様に師弟相対した活動のみを行い、間違っても黒川和雄一派や樋田昌志一派のように総本山・菩提寺・檀信徒の縦糸と連合会・講中・講員の横糸の宗紀を紊乱するような行為は一派を反面教師として誡めて頂きたく、心からお願い申し上げる次第です。

 また今日まで黒川和雄一派問題に関して種々の情報提供、御支援、御助言、御支持を賜った宗内諸大徳及び法華講員同志の皆様に感謝申し上ぐると共に、弊ブログを読まれて黒川和雄一派(「有志の会」「サークル」)から勇気を以て脱会せられて所属寺院・講中に復帰せられた方々に心からお慶び申し上げます。


 平成二十四年壬辰十一月一日

    冨士宗学研究主人敬白


※本稿は平成二十四年十一月一日にブログ冒頭に掲載したものであるが、記事として掲載してほしいとの読者から御要望があり、応えたものである。
  1. 2012/12/31(月) 07:00:00|
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ブログ表示変更のお知らせ

 昨日(十一月二十六日)、弊ブログのレイアウト表示を変更しました。現在表示されているタイトル画像は移転前に使っていたもので、現ブログ開設後も使用を試みたのですが、このタイトル画像を用いるとレイアウトの整合性が取れない表示になってしまうので諦めていました。デザインに凝るよりも論攷を書くこと、論攷を書くことよりも信仰や健康などの現実の行住坐臥を優先すべきとであるとの信念が私にはあり、無理して変更することもないと思っておりました。

 ところが先頃、弊ブログのある古参読者(東京第一地方部)の方との
メールの遣り取りの中で、笑い話として私がこの件を書いたところ、「それだったらスタイルシートのこの箇所を書き換えてみては如何でしょう(要旨)」との手解きを頂き、二三の試行錯誤を繰り返したら旧タイトル画像に復してもレイアウトの整合性を取ることが出来ました。日頃の御高覧と御賛同、そして今般賜りました手解きに心から御礼申し上げます。有り難うございました。

 もし他の読者の方で、弊ブログの表示がおかしい、重なっている、この部分が消えている等がございましたら、OSの名称とバージョン、ブラウザの名称とバージョン、症状をメールにてお知らせ下さい。可能な限りは対処したいと思います。

 さて、話題は変わりますが、弊ブログにアクセスカウンタが表示されていないことについて、如何してなのか?と質問があったことがあります。私はアクセス数など眼中にはなく、出来うる限り目立たず、静寂の中で論攷を発表し、静謐な読者が幾許かおられればそれで良いのです。よってアクセスカウンタは敢えて表示させていません。平成二十二年五月十六日に黒川和雄一派の悪行を指摘する寄稿を掲載するまでは、目立つブログではありませんでした。

 ところが一派の悪行が明らかになると、アクセス数は一日に百五十から二百五十、コメント(本稿現在)は六百六十九、拍手数(本稿現在)は合計三万一千三百七十八票に到っており、私の当初の思惑である「目立たず」が大きく変わっておりました。

 拍手については、ブログにアクセスすると「○○拍手」と表示されるので、御賛同を頂いているとは思っていた程度で数字を把握しておりませんでしたが、昨日、表示変更作業をしていると「ブログ拍手の管理」なるものを偶さか発見し、三万一千三百七十八票もの御賛同を頂いていることを知りました。

 勿論、三万一千三百七十八人が投票されたのではなく、法華講員同志の読者が一つの記事に一票づつ、複数の記事に投票して下さったのだと思います。昨日までの記事は百九十六稿ですから、一記事当たり平均百六十票の計算になります。少なくとも百六十人の法華講員同志の読者から御賛同を賜っているのだと思います。誠に有り難いことだと思いました。

 弊ブログの濫觴は私の記憶では十数年程前に遡ります。元々は私の論攷がこのまま散逸してしまうことを危惧していたところに、ある法華講員同志から読みたいとの御要望があり、BCC送信によるメールマガジンを始めました。しかし読者も増え始め、BCC送信するのも些か難渋していたところ、ブログにしては如何であろうかとの御要望があり、平成十五年にブログを開始しました。

 平成十五年早々にブログを開始し、暮れには今回復したタイトル画像に変更しました。現在では平成校定日蓮大聖人御書は何方でも購入することが出来ますが、その当時は昭和新定御書と同じく、御住職様の御許可を賜り、御住職様を通して総本山にお願いしなければ入手できなかった時代です。

 その後、ブログは一度移転し、更に平成二十一年に現在地に移転しました。移転した当初の思惑と現状は異なるところもありますが、平成二十五年正月には路線を戻したいと思っております。読者諸賢の皆様には御理解頂きたく、お願い申し上げる次第です。

241127拍手
  1. 2012/11/27(火) 07:00:00|
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回答[005]:御会式で頂いた御花について

 法華講員御同朋から已下の御質問を頂いた。

 ───◇───◇───◇───◇───◇───

所属寺院の御会式に参詣し、お花を頂いたのですが、このお花はどう扱ったらいいのでしょうか?

 ───◇───◇───◇───◇───◇───

 菩提寺の御会式では御法話もしくは布教講演の後で、桜のお花やお餅(お寺によって異なります)などの御供物を頂戴してお寺を辞します。これを「御花崩しの儀」と云います。

 お花は茎を輪状にして頂くことが多いと思いますので、それを輪から戻して自宅の御宝前にその日の内に飾ります。そして自宅での御会式奉修日を一家揃う日に定めます。

 自宅での御会式奉修日には、お赤飯、御鏡餅、御造酒、お菓子などをお供えして、清めておいた拝領の御杯を三方に載せて御経机に置きます。拝領の御盃がない場合は、綺麗な盃を御経机に置いても構いません。そして一家揃って勤行とは別に読経唱題します。

 可能であれば、読経は而説偈言で御鈴を打ち、御申状を捧読して、御自我偈に入るのが理想ですが、御申状は漢文である上に奏上体の独特な発声で捧読するものであるので、無理して捧読する必要はありません。

 読経唱題後は御造酒のお流れを頂戴し、御題目三唱して終わります。家庭によっては直会(なおらい)としてさゝやかな宴や食事会を設けて、法統僧俗・一家和楽を図る場合もあります。

 翌朝はお花の茎を小さく輪状にして御佛壇の上にはみ出ないように置きます。御厨子の場合は御厨子の後ろに置きます(同じく御厨子からはみ出ないように)。そして来年の寺院御会式の前日や朝などにお花は処分します。但し、お花を御佛壇の上や御厨子の後ろに置く風習は東京の古刹檀家にはありますが、他の地域については講中の先輩にお尋ね下さい。

 本稿には色々と書きましたが、「御花崩しの儀」で頂戴したお花、また各自で用意した御供物(お饅頭一つでも構わないのです)をお供えして如在の礼を以て(自分の眼前に大聖人様がいらっしゃるとの気持を持って)、勤行とは別に読経唱題くらいはすべきであろうと思います。

 尚、御影様を御安置している家庭では、この日を以て「御綿上」をする場合があります(寺院の場合は十月一日を御綿上の日とする古例があります)。

 市原康輝著「法華講隨感」(四十一頁)から抜粋
 檀信徒各位お寺へ参詣するのは当然だが、我が家に於いても、やはり、今日は○○会の日であることを心得て、勤行・唱題に励みたいものである。朝夕の勤行とは別に改めて、一座を設けるところまでは、いかなくとも、御寶前に御造酒とお供え物は上げて、より多くの唱題を以て報恩の念を忘れないようにしたいものだ。

 特に、本宗で最も重要な御会式には、各自で十月の都合の良い日に、一座別に設け我が家の御本尊に対し奉り、厳修すべきであると思う。申状を捧読するのも、なお宜しい。

 以上の如きの、各自の【行】は誰からも、強要されるものではないし、ましてや講中予定表にもない。然し乍ら、佛恩報謝の洵を尽くし佛道修行せんと志す者は、折伏行の大事と同様に心得ていきたいものである。このことは『水の如き行者』の信心の一分にも価する自行の表れではないだろうか。

 《御講聞書》に曰(のたま)はく
 『当座は大信心と見えたれ共、其の信心の灯消ゆる事やすし。さて水の如きの行者と申すは、水は昼夜不退に流るゝなり。少しもやむ事なし。其の如く法華経を信ずるを水の行者とは申すなり』

 「法華講隨感」には「各自で十月の都合の良い日に」と書かれておりますが、十一月に御会式を奉修する末寺様もあるので、「菩提寺の御会式が終わって各自で都合の良い日に」と置き換えて理解して頂きたく思います。
  1. 2012/11/22(木) 07:00:00|
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二宮尊徳先生

 亡父が「新訂尋常小学唱歌」の教科書とカセットテープを大切にし、よく唄っていたものであった。また祖母もよく唄ってくれたものであった。私はその中でも第六学年用教科書に掲載されていた「明治天皇御製」と第五学年用教科書に掲載されていた「金剛石」(昭憲皇太后御歌)に強く感化されたものであった。


明治天皇御製
文部省唱歌 
一、物学ぶ道にたつ子よ、
  おこたりに、まされる仇(あた)は
  なしとしらなむ。

二、さし昇る朝日の如く、
  さわやかにもたまほしきは
  心なりけり。

三、おのが身はかへりみずして
  人のため、尽すぞ人の
  務(つとめ)なりける。
 


金剛石
文部省唱歌 
金剛石もみがかずば、
 珠のひかりはそはざらむ。
人もまなびて後にこそ、
 まことの徳はあらはるれ。
時計の針のたえまなく
 めぐるが如く、ときのまの
 日かげをしみて励みなば、
 如何なる業かならざらむ。

水はうつは(器)にしたがひて、
 そのさまざまになりぬなり。
人はまじはる友により、
 よきにあしきにうつるなり。
おのれにまさるよき友を
 えらびもとめて、もろ共に
 こころの駒にむちうちて、
 まなびの道にすすめかし。
 

 これらの御製、御歌の御心は佛教徒も拳々服膺すべきところがある。また第二学年用教科書には「二宮金次郎」も掲載されている。


二宮金次郎
文部省唱歌 
一、芝刈り繩ない 草鞋をつくり
  親の手を助(す)け 弟(おとと)を世話し
  兄弟仲よく 孝行つくす
  手本は 二宮金次郎

二、骨身を惜まず 仕事をはげみ
  夜なべ済まして 手習読書
  せわしい中にも 弛まず学ぶ
  手本は 二宮金次郎

三、家業大事に 費(ついえ)をはぶき
  少しの物をも 粗末にせず
  遂には身を立て 人をもすくふ
  手本は 二宮金次郎
 

 私は二宮尊徳(二宮金次郎)先生をこよなく尊敬する者であり、書斎の机には件の金次郎像を飾り、国の文化財に指定されている公益団体「大日本報徳社」総本部(静岡県掛川市)も何度か訪問し、神奈川県小田原市にある二宮尊徳記念館も見学している。尊徳先生は件の金次郎像(薪を背に読書する姿)に見られるような勤勉さだけではなく、私利私慾に走らずに国家社会に貢献すれば、何れは自分も報われるという報徳思想こそ注目されて然るべきである。(尊徳先生は没後、神社に祀られたが、私はそれを支持するのではなく、尊徳先生の「実学」、報徳思想に敬意を抱いている)

 道徳を忘れた経済は害悪であり、経済を忘れた道徳は寝言である。どんなに経済を追求しても自分さえ良ければ良い、国家社会や隣人を顧みない経済は短期的には利はあっても長期的には害悪である。またどんなに偉そうに道徳を説いても経済を顧みなければ寝言でしかない、と云う「実学」が報徳思想である。この「経済」とは経済学や経営などの意味ではなく、経世済民のことである。経世済民とは「世を経(おさ)め、民を済(すく)ふ」ことである。

 報徳思想は澁澤栄一氏、安田善次郎氏、御木本幸吉氏、豊田佐吉氏、後藤新平氏、雨宮敬次郎氏、松下幸之助氏、土光敏夫氏など多くの人士に影響を与えている。自分さえ良ければ良い、と云う利己的思潮が溢れる現代だからこそ、これら先人の偉業も含めて、報徳思想にもっと注目しても良いと私は思っている。報徳思想の自他両全は佛法にも通じるものである。

 平成二十四年十一月十日附けの
産経新聞の教育面に掲載された、植草学園大学の野口芳宏教授の寄稿「二宮尊徳翁のユーモア 実学からほとばしる説得力」を読んで、本稿を書きたくなった。

 野口教授の寄稿から二節を引用して、私の想いを些か書くことにする。

 尊徳先生は常に実践から理論を導き、空論を嫌った。
 相馬の藩士で儒者の富田高慶が尊徳の高名にひかれて面会を求めたが、簡単には叶わない。しかし、高慶も然る者で、それならば粘るしかない、と近くに塾を開いて機を熟すのを待つことにした。
 やがて、許された面会の冒頭、翁は「豆という字が書けるか」と問う。高慶がさっとばかりに書くと、翁はそれを見て「お前の書いた豆は、多分馬も食うまい」と言いつつ、門弟に蔵から豆を一掴み持って来させた。そして、「俺の作った豆は馬が食う」と言って諭した由である。
 高慶は深く悟るところがあって、翁の弟子となり研鑽に励み、大成した。

 この逸話は尊徳翁が高慶を揶揄したのではなく、豆と云う文字を知っていても、どんなに知識があってもその知が活かされなければ詮無いことであることを諭したものである。法道院御主管であらせられた観妙院日慈上人は「信心は観念の遊戯ではない」と東京第一地方部の法華講衆に薫陶せられたことにも通じる逸話である。

 知識を振り回すのも然りであるし、また未得謂得・未証謂証の勘違い的な知識も然りである。法華講員から悪事を追及されて遁走した黒川和雄一派や樋田昌志一派の実態が理解し易い例である。インターネット上でどんなに邪教謗法の輩と対論などと称して言い争いをしたり、動画を制作してアップロードしても、また反社会的且つ非常識な街宣活動などの教団ゴッコをしても、それは観念の遊戯でしかないのである。法華講員の多くは、菩提寺に参詣し、御住職・御主管を師と仰いで師弟相対し、唱題行を実施し、自分の足で地道に折伏に励んでいるのである。

 口では「御住職・御主管を師と仰いでいる」と云っていても、実際に菩提寺に参詣して御指導を身口意の上から実践していなければ、「師と仰いでいる」も所詮は観念の遊戯に墮しているのである。インターネット上には斯様な観念の遊戯に墮した反面教師が数人いるようである。

 儒学を講ずる師匠が泥酔して醜態をさらした。弟子はあきれ、「こんな師匠は駄目だ」と怒った。だが、その師匠は「講じている儒学の内容は高邁だ」とたしなめたそうだ。
 翁は、これを評して「純白の飯であっても、もし糞桶に入れてあれば誰も喰うまい」と喝破する。尊徳一流の譬えが光る。常に実学をもって説く面目躍如たるものがあるではないか。

 宗祖日蓮大聖人の佛法は正しい、高邁である。しかし正しい、高邁であれば何をしても良いのか、と云えば然に非ずである。穢い言葉遣い、御婦人方が顔を顰めるような露骨な性表現、自身の悪事(宗規違反、逸脱謗法、講頭詐称)を諫めた法華講員に対してレッテル(花野充道一派、高妻明憲、正信会、創価学会、同性愛者等々)を貼って虚言を用いて悪し様に悪口罵詈(あっくめり)、挙げ句の果てには御法主上人猊下に退座を要求したり、末寺御住職に辞職を要求するのであれば、それは尊徳翁が述べるところの「純白の飯であっても、もし糞桶に入れてあれば誰も喰うまい」である。第六十六世日達上人の御指南にある「人としての振る舞いを大切にせよ」とは、尊徳翁のこの逸話とも一致するものである。

 宗祖大聖人の佛法は正しく高邁であるにも拘わらず、佛法を糞桶に入れて毀損し、法を下げるのであれば、それは日蓮正宗檀信徒・法華講員の姿ではなく、宗祖大聖人の佛法に仇なす創価学会と違わぬ大謗法の輩なのである。御妙判には「日蓮を用いぬるともあ(悪)しくうやまはば国亡ぶべし」ともあるが、糞桶に入れて毀損することは創価学会と違わぬ「悪しく敬う」大謗法であり、佛果や功徳は得られないのである。

 大切なことは、日蓮正宗信徒として、末寺檀信徒として、法華講員として、矜恃を持ち、人としての振る舞いに気を配った行いを心掛け、帰命依止の当詣道場である菩提寺に参詣し、御住職・御主管に師弟相対して常に御指導に順い、佛道修行に励行することである。「行」と云う実学は現実の中にあるのであり、インターネット上にはないのである。

【追記】平成24年11月16日(金)

 本稿を発表するや、東京第一地方部の同志より、産経新聞のサイトに野口芳宏教授の寄稿全文が掲載されているとのお知らせを頂いた。お礼申し上げる次第である。

産経新聞「二宮尊徳翁のユーモア 実学からほとばしる説得力」(植草学園大学野口芳宏教授)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121110/art12111007500001-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121110/art12111007500001-n2.htm
  1. 2012/11/15(木) 07:00:00|
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黒川和雄一派惨敗(黒川和雄一派からの回答受け付けを終了)

 平成二十四年十月十六日に拙稿「黒川和雄一派の後藤貴之君に告ぐ」に於て、後藤貴之君に対して、期限を区切って回答をメールで受け付けていたが、終には回答は届かなかった。「卑劣な後藤がメールなど送れる訳がない」との御指摘も頂いていたが、案の定、件の如しであった。

 しかしながら後藤貴之君は回答のメールは送信していないが、十月十九日二十一時四十七分に別のニックネームを用いて、長野県妙相寺御住職・石岡雄哲御尊師と樋田昌志君の細君を虚偽で貶める謀略メールを送信して来ている。斯様な鄙劣な謀略行為をする遑があるならば、幾らでも回答出来たであろうに。妙相寺及び樋田昌志君から問い合わせがあれば、謀略メールの全文、アクセス記録を提供する所存である。

 私としては、後藤貴之君が素直に改悛するならばと思っていたが、斯様な謀略メールを送信するようでは今生では済度されることはあるまい。私もこれ以上、回答を待ち続ける遑もない。仍って通告の如く回答は締め切った次第である。

 「謀略メールを送ったのは当方ではない」等と後藤貴之君は主張するかも知れないが、弊ブログで用いているメールフォームは送信者の発信情報も一緒に送信されるのである。仍って「謀略メールを送ったのは当方ではない」等の言い訳は一切通らないのである。

 後藤貴之君が自ら語ったと聞き及んでいるが、後藤貴之君の弟さんは「大山ねずの命神示教会」の信者とのことである。謀略メールを送信する遑、インターネットで戲言を弄する閑があるならば、自身の弟さんを折伏すべきではないのか。

 そして興味深いことは、この謀略メールを着信した前後に後藤貴之君だけではなく、日正寺から信徒除名処分に付された人物も弊ブログに頻繁にアクセスしていることである。裏でどのような謀略計画を廻らしていたのか、髣髴とする事例ではないか。

 また黒川和雄君への以下の質問状も、回答の受け付けを終了することにした。黒川和雄君は「当方は冨士宗学研究にアクセスしていないから質問状など知らない」等と主張するかも知れないが、黒川和雄君が弊ブログに頻繁にアクセスしていることは、記録からも判明しているので言い訳は一切通らないのである。

●平成二十二年七月一日(木)
黒川和雄君への八箇条の質問状
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-79.html
●平成二十二年八月二十日(金)
黒川和雄君への八箇条の質問状
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-92.html
●平成二十二年八月十三日(金)
山口範道御尊師の御著書「日蓮正宗史の基礎的研究」PDF配布に関する黒川和雄一派への質問状
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-91.html

 黒川和雄一派では「冨士宗学研究は法華講員の個人情報を収集して暴露している謀略サイトだ」と喧伝していた。しかるに私は一度たりとも個人情報を暴露していないことは読者諸賢が知るところであるだけではなく、私は黒川和雄一派主要幹部三名の個人情報を把握しているが現実に暴露していないし、恐らくインターネット上でも私が把握しているここまでの情報は流れていないだろう。即ち弊ブログが「個人情報を収集して暴露している謀略サイトである」と云う、黒川和雄一派の喧伝は全て虚言であったことを証明しているのである。

 また黒川和雄一派では私のことを、花野充道一派、高妻明憲、正信会、同性愛者、創価学会会員、横浜・應顯寺信徒である等々とレッテル貼りに狂奔していたが、どれ一つ取っても客観的な証拠を提示して証明することが出来なかった。これについてもこれ以上、挙証責任の実行を待ち続けることはしない。

 この他、弊ブログ記事に対する黒川和雄一派からの反論もこれ以上待ち続けない。日蓮正宗檀信徒・法華講員である私からの問いに黒川和雄一派は悉く反論不能に陥って遁走したものと看做すに到った次第である。過去の記事、本稿、そして将来の記事に対して、黒川和雄一派からの反論、辯疏、難詰、質問、問い合わせ等が仮にあったとしても一切応じることはない。

 尚、石岡雄哲御尊師と樋田昌志君の細君を虚偽で貶める謀略メールの発信情報から送信者を後藤貴之君だと特定して頂いた方、また今日まで黒川和雄一派問題に関して種々の情報提供、御支援、御助言、御支持を賜った宗内諸大徳及び法華講員同志の皆様に感謝申し上ぐると共に、拙稿を読まれて黒川和雄一派(「有志の会」「サークル」)から勇気を以て脱会せられて所属寺院・講中に復帰せられた方々に心からお慶び申し上げる次第である。

 私の願いは、「インターネット上には佛道修行はない」と心得て、法華講連合会・地方部・講中の他に横糸(信仰に関する団体や徒党)を作ることは日達上人、日顯上人、日如上人の御指南に違背する悪逆と誡めて、帰命依止の当詣道場である菩提寺と法華講こそが活動の庭であるとの再確認をして頂きたいことである。黒川和雄一派のようにインターネットで創価学会会員等の邪教謗法の輩と言い争いや罵り合い、御僧侶方や法華講員を誹謗すること、御法主上人猊下に退座や末寺御住職に辞任を要求する行為は、最終的には三寶破壊の謗法の道を歩んでしまうのである。そうならない為にも、菩提寺の御住職・御主管に自ら御指導を求め、自ら講中に飛び込んで頂きたい。しっかりと講中で活躍されていれば、インターネット上で邪教謗法の輩と言い争いや罵り合いなど有害無益な行動はしないものである。故に菩提寺の御住職・御主管に自ら御指導を求め、自ら講中に飛び込んで頂きたい。それが私の憂宗護山の想いである。これを以て擱筆するものである。


【訂正情報】平成24年11月16日(金)

 本稿は題名は「黒川和雄一派からの回答受け付けを終了」であったが、「黒川和雄一派惨敗(黒川和雄一派からの回答受け付けを終了)」に改題した。
  1. 2012/11/01(木) 07:00:00|
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黒川和雄一派の後藤貴之君に告ぐ

 以前、ある篤信の御信徒が「御登山でお弁当が出て有り難かった」(趣意)と仰っておられたが、御配慮に対して素直に感謝の気持が抱けない者は三寶尊に対し奉る御報恩の気持も抱けないのであろう、と私は思っている。佛教の基本は三寶への御報恩にある。在家教団が佛教の体を成していないように、感謝の気持が抱けない者は佛教徒とは云えないのである。

 そんなことを先週後半(十日より十四日午前中まで)の出張中に考えて帰宅した翌日、ある法華講員御同朋から問題となるヤフー知恵袋の
投稿「日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について」が削除されたとの情報が寄せられた。削除したと云うことは、反省しているのか、それとも都合が悪くなったのか、のどちらかであろうが、弊ブログではこれ以上、同投稿についての非を呵責することはしない。拙稿「大妄言『日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について』の問題点を指摘す」に対して、法華講員の読者から賛同のメールを多々賜ったことに深甚なる感謝を申し上ぐると共に、着信順に返信申し上げるので暫しお待ち頂きたくお願いする次第である。

 ところで佛寶寺(苫小牧市)所属を自称する後藤貴之君。君は平成二十四年三月十五日に「新宗教からの脱会を考える会」なる組織のオフィシャル掲示板に以下の投稿をしている、と私は聞き及んでいる。

当方所属寺院に最近は日参して、謀略サイトの問題について話し合いがもたれています。
とんでもない魔の出来である、と講中では話になっております。
当方所属寺院では折伏誓願目標の達成率が1割であり、北海道自体が冬場は立ち上がりが遅いのですが、何とかしていきたいものです。
寺院としては謀略サイトの管理者やそれに与同する者(おそらく管理者1人だけだろうが)に対しては、毅然とした態度を取るのみとのことです。
法太郎さんには申し上げましたように、当方所属寺院はゴシップでは一切動かない寺院です。
今回も表立っては一切動きません。ただ静かに怒り、抵抗するのみです。
2012.03.15 18:07:53 

 この投稿のお知らせを頂いた時は、余りにも莫迦莫迦しくて対応する気にはなれなかったが、「日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について」の妄言を削除される羞恥心があるならば、多少は問題を解決したい気持はあるのであろうと思い、今般筆を執ることにした次第である。

 この文中にある「謀略サイト」とは弊ブログのことであり、「管理者」とは私のことであろうと思うが、先づは「謀略サイト」であることと、「管理者1人だけ」であることを第三者が首肯出来る証拠を挙げて証明し、挙証責任を果たして頂きたい。挙証責任を果たなければ、誹謗中傷であると判断する。

 文中に「寺院としては謀略サイトの管理者やそれに与同する者(おそらく管理者1人だけだろうが)に対しては、毅然とした態度を取るのみとのことです」とある。「寺院として」と云うことは宗教法人佛寶寺代表役員・御住職の吉田秀晃御尊師の確実なる御発言であることになるが、この御発言は何時の総代会(責任役員会)のどのような議題の中で取り上げられ、議決を得たものであるのか、また「毅然とした態度」とはどのようなものであり、何時発動するのか、責任ある回答を願いたい。(尤も私はこの投稿に書かれているような事態は有り得ないと確信している。私や吉田秀晃御尊師及び佛寶寺檀中を貶める投稿であろうと思っている。)

 また吉田秀晃御尊師がどのような証拠を以て弊ブログを「謀略サイト」と認定されたのか、これも明らかにして頂きたい。証拠も提示出来ないのに、古刹檀家の法華講員の個人ブログを「寺院として」公式に「謀略サイト」と述べるのであれば、後藤貴之君もそれなりに覚悟はあるのであろうと思う。

 私は宗教法人佛寶寺の檀信徒ではないが、宗教法人日蓮正宗の法華講員である私に宗教法人佛寶寺が「寺院として」公式に「謀略サイト」に認定して「毅然とした態度を取る」のであれば、宗教法人日蓮正宗の被包括法人である宗教法人佛寶寺と私は利害関係にあるのであり、私には宗教法人佛寶寺に対して情報の開示請求権が生じるが、そこまでの大騒動や刑事及び民事の訴訟をも覚悟しての投稿であるのであろうか。

 平成二十四年十月三十一日まで、後藤貴之君の回答をメールで受け付けるが、同日までに誠意ある回答がなされなかった場合、後藤貴之君は社会的に制裁を受けることになる可能性が甚だ大となる。私はそこまで決意している。

 後藤貴之君が日蓮正宗僧俗から信用されないのは、「当方所属寺院に最近は日参して、謀略サイトの問題について話し合いがもたれています」等と有り得ないことを発言するからである。後藤貴之君におかれては、回答も含めて自身の言動をよくよく思惟すべきである。

 それから「冨士宗学研究」でサイト検索すると、虚偽・捏造で一個人のブログを貶めるサイトが多くヒットする。これは弊ブログに対する言論弾圧であり、私の言論活動を妨害するものであり、犯罪行為であると厳しく認識している。この状況が解消され得ない限り、私は後藤貴之君を許すことはない。以上、後藤貴之君に告げるものである。
  1. 2012/10/16(火) 07:00:00|
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大妄言「日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について」の問題点を指摘す

 法華講員御同朋からヤフー知恵袋に「日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について」と題して、日蓮正宗の世評を貶めんとする、真に憂慮すべき投稿があるとの情報が寄せられた。また投稿者の「ayapanayapan1810」なる者は三寶破壊の大謗法教団である黒川和雄一派の逆賊三人組に列する後藤貴之君(北海道苫小牧市佛寶寺所属を自称)であろうとの情報もあり、日蓮正宗を貶めんが為の謀略投稿であろうとも考えられるが、兎も角、憂宗護山の御為に同投稿文の問題点を本稿に指摘することにする。

 先づ題名にある「大石寺御用達」の文言であるが、同投稿文に記載されているお弁当業者さんはそもそもが「大石寺御用達」ではない。「大石寺御用達」とは大石寺大坊御出入りの業者さんである。例えば私共法華講員が大奥対面所で勿体なくも御法主上人猊下のお目通りの砌に、下賜される和菓子の業者さんが「大石寺御用達」なのである。一般信徒が御登山の時に頂くお弁当の納入業者さんは「納入業者」であって「大石寺御用達」ではないのである。尤も三寶破壊の大謗法・黒川和雄一派が大坊大奥に上ることなど永遠に叶わないであろうから、納入業者さんを「大石寺御用達」だと思い込んでいたのであろう。愚かしい限りである。

http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n103849
三島駅や沼津駅、御殿場駅の駅弁屋として明治24年(1891年)開業の駅弁屋として120年の歴史を持っていますが、ここは残念ながら評判は良くありません。

講員さんの声です。
①夕食 ご飯が冷たく、マーボなすが冷たい。温かいならまだ食べられたかもしれないが。
② 朝食 わさび漬けにプラスチックのような味がついていた(前回平成22年秋のときも同じ)
ちなみに東海軒や富陽軒では同じメーカーの同じわさび漬けでもそのようなことはない。
またご飯が冷えすぎていて固い。作った時間がかなり早い時間なのではないか。
③ 昼食
ハンバーグにケチャップがついているだけで、温野菜に醤油もないドレッシングもない。どういうことか。
ご飯が冷たく感じる。朝食の弁当と一緒に作ったのではないか?

桃中軒はその人の所属寺院の住職さんにお詫びしたようですが、講頭が講員さんに圧力をかけ、この講員さんは住職さんに抗議しました。

そうしたところ、住職さんは、
「これは大石寺の担当者に言うべきことであって桃中軒に言ってもしょうがない。
大石寺の担当者がこれで桃中軒にいいと言っているのだろうから仕方がない。
ただ他の弁当屋さんと比べて桃中軒が極端にまずいとしたら、企業努力が足りないということで問題はあるのだろう。
今回は抗議したことについてはどうこう言わないが、次回も桃中軒だったらアンケートを年代別に取って、まずいという声が大きかったら大石寺の担当理事に申し入れよう」
という玉虫色の見解を下して解決したようです。
いかにも日蓮正宗らしい決着の付け方といえるでしょう。

 一体何の為に信心をしているのか。この狂った姿勢は日蓮正宗の信仰姿勢ではない。御登山はお弁当を頂く為にするものではない。御戒壇様の御開扉頂戴を受け奉る為に御登山するのである。出して頂いたお弁当に吝(けち)を付けるなどは、信仰姿勢が狂っている証左である。御法主上人猊下、末寺御住職、法華講員に悪口罵詈して斯様な若悩乱者頭破七分の狂態を晒しているとしか云えないのである。

 更に「桃中軒はその人の所属寺院の住職さん」云々については確認したが、そのような事実はなかったことが判明している。一体何の為に、黒川和雄一派は捏造までして日蓮正宗大石寺を貶めるのであろうか。正に破和合僧せんとする、広布を妨害せんとする一闡提の謀略者と云われても仕方があるまい。

当然、日蓮正宗の信徒というものは基本的に総本山の決めたことは絶対で、逆らう余地はない。遠方からの登山者の楽しみの1つになっているのだから、期待を裏切らないようにしっかりと研鑽していただきたいと、
次回は写真撮影するので載せてほしい、日蓮正宗信徒の立場では主張するにも限界があるので宜しく、と桃中軒に抗議した信徒さんは仰っておられました。

私の意見は総本山が決めたのだからまずい弁当でも文句言わずに食べろ、という多くの日蓮正宗の人の考え方はちょっと違うのではないかな、と思います。
そういう声が出ないように担当者の坊さんもきちんとチェックしなければいけないよな、と感じました。

 お弁当は「遠方からの登山者の楽しみの1つになっている」と述べているが、その思考回路がそもそも狂っているのである。御登山は物見遊山ではないのである。

 「私の意見は総本山が決めたのだからまずい弁当でも文句言わずに食べろ、という多くの日蓮正宗の人の考え方はちょっと違うのではないかな、と思います」とも述べているが、不味かったら無理して食べなくても良いのである。よって私はお弁当を「食べろ」とは云わない。売店街の食堂ではお金を払えば幾らでも食事は出来る。また一食や二食抜いたとて死ぬものではない。情報によれば投稿者はメタボリック体型とのことであるから、健康の為にもダイエットした方が宜しかろう。

 そもそも在山中の食事は皆で一結して御題目を唱えて「戴きます」と挨拶し、終わりには御題目を唱えて「御馳走様でした」と挨拶するように、食事にしても、お掃除にしても悉く佛道修行である。修行中に出して頂いたお弁当に吝(けち)を付けることは、修行そのものに抗議することであり、御戒壇様に文句を云っているようなものである。

 「期待を裏切らないようにしっかりと研鑽していただきたい」とも述べているが、「期待を裏切らないようにしっかりと研鑽」すべきは法華講員である。御本佛宗祖日蓮大聖人、御法主上人猊下、御隠尊上人猊下、末寺御住職の御期待を裏切らないようにしっかり研鑽すべきは日蓮正宗法華講員であり、登山参詣者である。折角の御登山で出して頂いたお弁当に吝を付けて謗法罪障を積まれたならば、御慈悲の御期待を裏切っているのである。悩乱にも程がある。斯様な投稿をする者は稀代の鉄面皮であり、日蓮正宗総本山大石寺及び法華講に仇為す大謗法者である。

 御登山のお弁当納入業者さんは実に特別な配慮をして下さっている。感謝することはあっても抗議すべき点は一つもない。総本山大石寺のへの納入であるからとして種々な配慮がなされているのである。現代人に於て食べ物に好き嫌いがあるのは仕方がないが、嫌いな料理が入っていたならば残せば良いし、家族や友人と取り替えるなりして工夫しても良い。しかし納入業者さんや「大石寺の担当者」に抗議するなどは、業者さんの配慮を無視するものであり、また御登山参詣の功徳を滅却する愚行でしかないのである。罪障消滅を願って御登山するものを、このような下らぬことで罪障を積んで下山するのであれば本末転倒であり、御登山などしない方が良い。第六十六世日達上人が仰せられた人の振る舞いの御指南が理解出来ていないことは、社会人としても愚かしい姿を露呈しているのである。

 そしてこれは単に罪障を積んだだけで済まされるのであろうか。同投稿文は営業妨害であり、偽計業務妨害罪に牴触する可能性がある。「ayapanayapan1810」なる投稿者は納入業者さんは勿論のこと、宗教法人大石寺からも刑事及び民事で訴えられる可能性がある。そこまでのことを覚悟しての投稿であるのか。御当局は已にこの投稿については把握され、納入業者さんとも連絡を取ったとの情報もある。もし「ayapanayapan1810」なる投稿者が法華講員であるならば、速やかにこの投稿を削除して謝罪文を掲載し、指導教師に名乗り出るよう助言して本稿を擱筆する。


【追記】平成24年10月07日(日)

 本稿を発表するや、法華講員御同朋数人の方から御連絡を頂いた。「黒川和雄一派には呆れた」、「情けない」、「一体何の為の御登山であるのか」、「後藤貴之は何様のつもりだ」との内容が書かれていた。

 その中でも私が心に留めて置きたい文面があったので、抜粋して要旨を以下に引用させて頂く。


 我が家では子供達が幼い頃から次のように躾けて来た。

 一、お山で頂くお弁当は有り難く頂くこと。

 二、お弁当を手配してくれた恩に報いること。

 三、お弁当を宿坊で食べさせて頂ける恩に報いること。

 四、お山で食事を頂くのも修行の一環であること。

 五、お山から戴く物はすべて御法主上人猊下の大慈大悲の賜り物であり、猊下の御誠心のお計らいとして有り難く拝受し奉ること。


 法華講員としては蓋し当然の躾である。而して子供達は「根っからの法華講員」となるのだと、大変心強く思い、また有り難い気持になる電子メールである。

 子供ですら有り難く思うものを、況んや大人をや、である。お山で出して頂くお弁当にまで吝(けち)を付け、法華講員の子弟にも大人である投稿者は劣っているのである。法華講員の子供達が呆れるのも無理からぬことである。情けない限りである。

 子供達が「唱えてゆこう妙法を」を元気よく唄っていると、私は目頭が熱くなるのを覚えるのである。


  唱えてゆこう妙法を

 夢を高くも飛ばすため
 心に広い空を持て
 明日は羽ばたく あの空へ
 その日ために そのために
 唱えてゆこう妙法を
 唱えてゆこう妙法を

 人の憂いを分かるよう
 心に深い海を持て
 迷える友に出会ったら
 並んで共に歩こうよ
 唱えてゆこう妙法を
 唱えてゆこう妙法を

 勇気 正直 正義の木
 心に三つの木を持とう
 どんなに小さな苗木でも
 未来は大きく聳えてる
 唱えてゆこう妙法を
 唱えてゆこう妙法を


 御隠尊日顯上人猊下は「唱えてゆこう妙法を」を通じて次のように御指南を仰せである。

 今日はこれから歌うことになっておるようですが、「唱えてゆこう妙法を」という歌は本当にすばらしい歌ですね。昨日、どなたが作ったのだろうと考えておりまして、まだ聞いておらず、そのうちに教えてもらえるかも知れませんが、とにかくこの歌詞を作った人は偉いなと思いました。一番も二番も本当にすばらしいです。特に締め括りとしての三番の最初の文句が「勇気、正直、正義の木、心に三つの木を持とう」ということですが、このことは大聖人様の教えにそのままぴったりであり、我々一人ひとりの生活の上に当てはめられる言葉だと思います。〈中略〉その次が「正直」ということです。「勇気、正直、正義の木」のなかの「正直」ということですが、私はこのことについて、いつも周りの者達、すなわち私の弟子達に言っております。これはもちろん、私の弟子というよりも大聖人様のお弟子として、白衣を着て、あるいは袈裟・衣を着けて毎日修行しているのですが、この者達にもいつも「必ず正直ということを忘れるな」ということを言っています。正直にすると損をするように思っていませんか。これまでに、本当のことを言わないで嘘をうまく言うと、何か得をしたようなことがあったと思います。だから、うまく嘘を言っていったほうがよいと思うかも知れないけれども、そこが違うのです。どんなに損をしてもよいから正しいことを正しく言おうと、自分の気持ちを素直に出し、また悪いことしたら誰に対してもそのことを素直にはっきりと話をする。すなわち正直に「私はこういうことをしました」と言うことが大事だと思うのです。そこで自分をごまかしてはいけません。自分をごまかさないということが正直ということなのです。ですから、あなた方がしょっちゅう歌っているこの歌は本当に立派な歌ですから、この歌を歌いながら、しかも歌の文句で自分自身の気持ちを顧みて、そしてお題目を唱えていくことがよいのです。
(平成十六年七月三十一日 第十三回法華講連合会少年部大会の砌)

 捏造話まで織り交ぜ、お弁当にまで吝(けち)を付けて本門戒壇の大霊場である日蓮正宗総本山大石寺を貶める悪逆行為は、この御指南に違背しているのである。違背の輩は法華講員とは認め難いのである。

 黒川和雄一派は冨士宗学研究は創価学会会員も参加している、「エセ法華講員」である等と事実無根のレッテル貼りに狂奔していた。しかし冨士宗学研究は一個人のブログであり、団体でもない個人のブログに余人が参加する余地などないことは明瞭である。また私に対して「エセ法華講員」等とレッテルを貼るのであれば、「来年の春季総登山(法華講連合会総会)の砌には、小生は日正寺支部の宿坊に足を運び、さる人物に面会を求める所存です」と私は表明しているのに逃げることはなかったろうに。創価学会崩れ、正信会崩れ、霊波之光崩れが黒川和雄一派の実相であり、現実の「エセ法華講員」なのである。


【追記】平成24年10月10日(水)

 法華講員御同朋からayapanayapan1810なるある人物と同体異名と思われる三寶破壊の大謗法教団・黒川和雄一派の幹部が妄言を追加したとの情報を頂いたので、ここに妄言を指摘する次第である。

http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n103849
自称法華講員の冨士尻学研究がとやかく言っているようですが、 弁当の内容やメーカーの好き嫌い、ここがおいしいとかまずいとかの品定めは自由だと私は思いますけど。
まして横浜の応顕寺さんではお登山は通常「日帰り登山」で、弁当なんか頼みませんよね。
私は横浜に行ったら崎陽軒のシウマイ弁当が好みですけれど。
いつも崎陽軒のシウマイを土産に買って帰ります。横浜のイメージを悪くしないでもらいたいです。

【ayapanayapan1810なるある人物と同体異名の妄言一に曰く】自称法華講員の冨士尻学研究がとやかく言っているようですが

 「冨士尻学研究」などと冨士宗学(日蓮正宗の教義・化儀・宗史)を揶揄する者こそ、エセ法華講員である。御歴代の御法主上人、殊に冨士宗学全集・要集を編纂あらせられた第五十九世日亨上人を愚弄する表現である。こうした表現からも寺院無視・僧侶蔑視の謗法体質が表れるのである。

 拙稿にも、御登山させて頂いていること、大奥対面所にて勿体なくも御法主上人猊下の御目通りを賜っていること、根檀家であること、御報恩御講などの菩提寺の行事に参詣させて頂いていること、東京第一地方部の法華講員として活動していることを書いており、私が法華講員であることは誰が見ても明々白々である。

 それに比べて佛寶寺所属を自称する後藤貴之君が、菩提寺に参詣させて頂いた、地方部の活動をしている、御登山をさせて頂いたなど、法華講員としての具体的な活動をしているとの情報がないばかりか、日蓮正宗僧俗に多大なる迷惑を掛けているではないか。後藤貴之君は「自称法華講員」と云うよりもエセ法華講員である証左である。

 また右に述べたように、正真正銘の法華講員は「冨士尻学研究」などと、御歴代の御法主上人や殊に第五十九世日亨上人そして末寺の御歴代住持や法華講員の先輩方を愚弄する言葉は使わないのである。よって「冨士尻学研究」などと日蓮正宗僧俗を愚弄する者こそ、エセ法華講員である。

 ところで後藤貴之君、君がある宗務院御役僧を通じて御法主上人猊下より御褒詞を頂戴したとする虚言を電子メールで吹聴していることを私は把握している。私が今まで武士の情けと思い、この御褒詞捏造事件に触れて来なかったのである。しかし私にも堪忍袋の緒が切れることがある。その時、私は容赦なく、後藤貴之君の御褒詞捏造事件を公表する。

【ayapanayapan1810なるある人物と同体異名の妄言二に曰く】弁当の内容やメーカーの好き嫌い、ここがおいしいとかまずいとかの品定めは自由だと私は思いますけど。

 事実無根の批評は「品定め」ではなく、営業妨害であり、偽計業務妨害である。更に述べれば、品定めをするのは自由であるが、それを一々公表しなければならない正当な理由はない。そして日蓮正宗の世評を貶める所行は許されるものではない。

 「ここがおいしいとかまずいとかの品定めは自由」である。しかし食べ物は好みなどによって人それぞれ評価は異なるのである。百人の御登山参詣者がいれば評価も百様である。それを一々公開してしまえば、お弁当批評だけで百家争鳴になってしまうではないか。どのようなお弁当を選ぶのかは、主催者が最大公約数であろう、妥当であろうと判断して決めるのであって、百人それぞれの意見を採用しては成り立たないのである。自分の好みと異なっていたとしても、それは詮無いことであり、インターネット上で公表したり、虚言を交えて営業妨害することは許されないことであることは普通の大人であれば理解出来ることである。(個人で御登山して自分で選んで購入したお弁当ならば、批評を公表するのも自由であろう。しかし登山会などの団体登山のお弁当であるならば、最大公約数であろうと判断して決定されたものであり、「まずい」などの批評を公表することは許されない)

 「まずい」と思ったならば食べずに、スルーすれば良いのである。そもそも御登山は信心修行であり、お弁当を頂く為にするものではない。本稿にも述べたが、修行中に出して頂いたお弁当に吝(けち)を付けることは、修行そのものに抗議することであり、御戒壇様に文句を云っているようなものである。

【ayapanayapan1810なるある人物と同体異名の妄言三に曰く】まして横浜の応顕寺さんではお登山は通常「日帰り登山」で、弁当なんか頼みませんよね。

 私の所属寺院は東京第一布教区の管轄であるから應顯寺様の御信徒は如何されているかは知らない。しかし総本山大石寺に比較的に近いからと云って必ずしも「日帰り登山」ではないのである。

 宗務院では日帰り登山よりも一泊登山を推奨されている。私の所属寺院でも「出来うる限り日帰り登山ではなく、一泊登山をするように」と指導されている。

 また「日帰り登山」だからと云ってお弁当がないとは限らないのである。「日帰り登山」でもお弁当を手配されることもあり、それは登山会の企画や講中によって異なるのである。

 ayapanayapan1810なるある人物と同体異名の者は、御登山させて頂いたことも少なければ、御登山の形態や制度についての知識が全くないことを露呈しているのである。それを然も知っているかのように妄言を列ねて、日蓮正宗総本山大石寺を貶める悪逆三昧の所行は許されるものではないのである。

【ayapanayapan1810なるある人物と同体異名の妄言四に曰く】いつも崎陽軒のシウマイを土産に買って帰ります。横浜のイメージを悪くしないでもらいたいです。

 三寶破壊の大謗法教団である黒川和雄一派では如何しても私を應顯寺様の檀徒にしなければならない理由があるのであろうか。私は根檀家であり、墓檀家であると何度も述べているが、應顯寺には墓地はない。しかも私は東京第一地方部総会にも参加している。(「墓檀家」なる言葉は「旧信者」と同様に創価学会が言い出した蔑称である、と黒川和雄一派では難癖を付けていると聞き及んでいるが、これは事実ではない。「旧信者」は確かに創価学会が言い出した蔑称ではあるが、「墓檀家」は寺院墓地に墓所を置く檀家の意味であり、現在の宗務院の通達にも「通称墓檀家」と書かれており、一般的に伝統宗派で用いる言葉である。また「旧信者」は法華講員全体を指した蔑称であったが、「墓檀家」は寺院墓地に墓所を置く檀家に限った通称である。)

 私のことを如何しても應顯寺信徒にしなければならない理由は、應顯寺信徒を誹謗した行為を正当化する為の謀略であろう。しかし黒川和雄一派の謀略は成功しない。何故ならば客観的に弊ブログを読めば、誰が見ても私が東京第一布教区管轄の寺院に所属していることは明瞭であり、また読者の中には私の所属寺院を御存知の方も少なからずおられるのである。黒川和雄一派から勇気を以て脱会せられた方も所属寺院は御存知である。

 後藤貴之君は黒川和雄一派の会長・代表相談役の詐言を信じ込み、冨士宗学研究は應顯寺信徒に違いない、と思い込んでいるようである。思い込むのは自由であるが自分勝手な思い込みで應顯寺様を誹謗するようではエセ法華講員でしかない。私の記事を初めから全部読まずに会長・代表相談役の詐言を妄信する姿はマインドコントロールされていることを証明しており、正に悩乱である。

 後藤貴之君は「私はれいなさんと出会った2004年以来、ネット上においてはれいなさんの行う事を全面支持しております。当方は猊下様が否定しない限りサークルの最後の1人になる覚悟を持ってこれからも発言して参ります」と公言したと聞き及んでいる。一見すると麗しい同志愛である。しかし現実には黒川和雄君の活動を「猊下様が否定」されると、御法主上人猊下や宗務院、應顯寺誹謗に転じたのであるから、マインドコントロールされているのであろう。(後藤貴之君の文中にある「れいな」君とは「黒川和雄」会長のことである)

 自称正信会も昭和五十五年の第五回檀徒大会を強行したことで処分される迄は第六十七世日顯上人猊下への血脈相承を肯定していた。また創価学会も平成三年までは日顯上人猊下への血脈相承を肯定していた。しかし両団体とも処分されてから、掌(たなごころ)を反して否定して誹謗に転じたのである。

 後藤貴之君も当初は御法主上人猊下を絶対だとしていたのであろうか、「猊下様が否定しない限り」と述べて置きながら、その猊下様に否定されると掌を反して前言を反故にして誹謗に転じたことは、自称正信会や創価学会と同轍の三寶破壊の大謗法である。それが後藤貴之君をして宗内僧俗から「逆賊三人組」と評価・嫌悪される所以であろう。

 私共法華講員は何処まで行っても御法主上人に信服隨従し奉り、何処まで行っても指導教師様に師弟相対するものである。自分の都合で御法主上人や御僧侶方を称賛し、自分の都合が悪くなると誹謗に転じるなどは、信仰者としても人間としても不正直であり、誰からも信用されないのである。

 それから後藤貴之君に告げて置く。私の文責は本稿までであり、拙稿に賜ったコメントの文責は私にはない。コメントの文責はコメントを書かれた方々にある。よってコメントに異論や反論があるならば、コメント欄にて正々堂々とディベートすれば宜しかろう。私は誰かのように削除はしない。


■参考資料
ヤフー知恵袋「日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について」
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n103849
ヤフー知恵袋「日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について」


■参考資料 平成24年10月09日(火)追加
 ayapanayapan1810なる者は、自分の都合の悪いアドバイス投稿は鄙劣にも削除して法華講員の発言を言論弾圧するとして、アドバイス投稿の原文と証拠画面のデータが送られて来たので、ここに公開し、投稿者に猛省を促すことにする。

ヤフー知恵袋「日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について」アドバイス
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/advice_list.php?note_id=103849
事実と違うかも
kyokyokyo110さん
お山で頂く弁当にケチをつける後藤貴之さんはエセ法華講員。弁当目的で登山するものじゃない。法華講員のブログで上記のURLで後藤さんの大妄言を破折済み。
参考リンク:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-192.html

ヤフー知恵袋「日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について」アドバイス01


■参考資料 平成24年10月10日(水)追加
 更にアドバイス投稿がなされたとの情報をお知らせ頂いたので、ここに公開し、ayapanayapan1810なる投稿者に猛省を促すことにする。

ヤフー知恵袋「日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について」アドバイス
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/advice_list.php?note_id=103849
事実と違うかも
hajyakensyoさん
>まして横浜の応顕寺さんではお登山は通常「日帰り登山」で、弁当なんか頼みませんよね。 苫小牧の“たかぼん”さんはやっぱり何も知らずに書いてるんですね。
参考リンク:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-192.html
送信日時:2012/10/10 03:42:02

事実と違うかも
hajyakensyoさん
桃中軒さんの営業妨害を書いてますが、すべて事実無根です。苫小牧の“たかぼん”さんの知恵袋活動は法華講員として迷惑です。
参考リンク:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-192.html
送信日時:2012/10/10 03:39:40

事実と違うかも
hajyakensyoさん
桃中軒さんの営業妨害を書いてますが、すべて事実無根です。苫小牧の“たかぼん”さんの知恵袋活動は法華講員として迷惑です。
参考リンク:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-192.html
送信日時:2012/10/10 03:36:58

事実と違うかも
kyokyokyo110さん
お山で頂く弁当にケチをつける後藤貴之さんはエセ法華講員。弁当目的で登山するものじゃない。法華講員のブログで上記のURLで後藤さんの大妄言を破折済み。
参考リンク:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com
送信日時:2012/10/09 19:25:49

ヤフー知恵袋「日蓮正宗大石寺御用達の弁当屋について」アドバイス02
  1. 2012/10/05(金) 07:00:00|
  2. 徒然雜感|
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「長野県妙相寺信徒」を僭称する者の妄言を論破す(並びに樋田昌志一派を誡める状)

 法華講員御同朋から、私のことを「三宝破壊の大罪人」であるとする、僭称「長野県妙相寺信徒」なる者の何処ぞの電子掲示板の投稿と思われる文章がヤフー知恵袋に転載されている、とのお知らせを頂いたので、本稿に紹介して論破する次第である。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1186679671

冨士宗学研究に妙相寺が噛みついた。これをどう思いますか? 僧宝を誹謗する冨士...
ID非公開さん

冨士宗学研究に妙相寺が噛みついた。
これをどう思いますか?

僧宝を誹謗する冨士宗学研究を妙相寺は支持しない!
投稿者:長野県妙相寺信徒 投稿日:2012年 5月 3日(木)00時36分

①妙相寺所属の樋田氏は御法主上人猊下及び石岡御住職の許可を得てビラ及び動画の作成をしている。
②貴殿は折伏に全生命を投じておられる樋田氏を「人権侵害幇助者」と誹謗・中傷している。
③「どんなに折伏しても退転してしまえば育成に失敗した・・」との書き込みは諸事情に詳しくない人間の単なる中傷であると断じる。
④「インターネットで動画ゴッコに興じている暇」とあるが、既に申し述べた通り御法主上人猊下及び石岡御住職の許可を得ている。
⑤「御宗門非公式の布教活動・・」、上④の通りである。
⑥「宗務院は在家に動画を作って公表せよ、広報活動せよ、対論・法論せよ、とは指導されていない。」とは笑止千万。宗務院は信徒を指導せぬ。指導をするのは所属寺院の住職の権限である。

貴殿は「法華講とは何か?」を根本から勉強することだ。【宗務院~指導】とはよく言えたものである。

貴殿は日蓮正宗の末寺である妙相寺を否定し、更に御法主上人猊下及び石岡御住職を否定し馬鹿にした僧宝破壊の堕地獄必定の不良法華講員であると断言する。貴殿は何名の人間を現実に折伏したのであるか? 一人の退転者が出たから育成に失敗した? 何を言うか馬鹿者!! 貴殿は三宝破壊の大罪人である。

[捕捉]
妙相寺を怒らせた冨士宗学研究該当ホームページ
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-category-19.html

質問日時:2012/5/3 08:34:54   解決日時:2012/5/3 21:29:23
回答数:1
閲覧数:256   ソーシャルブックマークへ投稿:

 僭称「長野県妙相寺信徒」は文体や内容から見て、恐らくは某人物の筆であろうと思われるが以下に抗弁して論破する。

【長野県妙相寺信徒を僭称する者の妄言一に曰く】僧宝を誹謗する冨士宗学研究を妙相寺は支持しない!

 先づ「僧宝を誹謗する冨士宗学研究」とあるが、私が僧宝を誹謗した事実はない。

 また「冨士宗学研究を妙相寺は支持しない」と書くならば、この投稿文は宗教法人妙相寺の公式見解であり、代表役員御住職・石岡雄哲御尊師と責任役員信徒総代各氏が全責任を負う言論であるの歟、如何。

 石岡雄哲御尊師が他寺院檀信徒に「馬鹿者!!」などと罵言を述べることは、私の指導教師の権能に対する甚だしい越権行為であり、師弟の筋目に違背する暴挙であり、御法主上人猊下の御指南に違背するものであるが、果たして石岡雄哲御尊師が師弟の筋目に違背されるであろうか、甚だ疑問である。私は石岡雄哲御尊師が師弟の筋目に違背される方ではないと確信するものであるから、この投稿は「長野県妙相寺信徒」を詐称したものであろうと判断せざるを得ないのである。

 そもそもである、一個人のブログに対して宗教法人が責任役員会(総代会)を召集して、支持するのしないのと決議することは有り得ないのである。それでも「冨士宗学研究を妙相寺は支持しない」と強弁するのであれば、議事録を以て挙証すべきである。私は宗教法人妙相寺の檀信徒ではないが、宗教法人日蓮正宗の法華講員である私を公式に支持しないとして、また投稿文の如き公式見解を述べるのであれば、宗教法人日蓮正宗の被包括法人である宗教法人妙相寺と私は利害関係にあるのであり、私には宗教法人妙相寺に対して議事録の開示請求権が生じるが、そこまでの大騒動や刑事及び民事の訴訟をも覚悟しての投稿であるの歟、如何。

 このような社会性に疎く、また宗教法人法に疎いような見解を宗教法人妙相寺代表役員御住職・石岡雄哲御尊師が仰せになることはないであろう。「長野県妙相寺信徒」を僭称する行為は、石岡雄哲御尊師や法華講妙相寺支部を巻き込み、貶める行為であり、詐称である。そして破和合僧を誘発させて、広宣流布を妨害せんとする一闡提の謀略者である。

【長野県妙相寺信徒を僭称する者の妄言二に曰く】妙相寺所属の樋田氏は御法主上人猊下及び石岡御住職の許可を得てビラ及び動画の作成をしている。

 御法主日如上人猊下及び宗務院は樋田昌志君のこれらの活動を御許可されてもいなければ、許容されてもいないことは断言する。その点に関しては私は確認済みである。

 樋田昌志一派の活動は石岡雄哲御尊師の御許可を頂いていた、と私は思い込んでいた。これには黒川和雄一派による自称「有志の会」騒動発生よりも前のことであるが、樋田昌志一派の問題が一部の法華講員の間で話題となったことがある。ヤフーオークションに市販されていない、日蓮正宗を紹介するものや戸田城聖氏の指導を集めたDVDが売られているとの情報があり、またそのDVDを実際に見られた法華講員が御宗門制作のDVDではないことを確認し、問題視された当時のことである。その直後であったか、それとも暫く月日を経た後であったか、記憶は失念したが「(toyoda.tvやそれに付属する『降魔の剣』掲示板も含めて)樋田氏のネット活動は石岡御尊師の公認であると樋田氏が述べているから、樋田昌志一派の問題には(他寺院信徒の)我々には如何しようもない(以上要旨)」との情報が複数寄せられ、また黒川和雄一派による自称「有志の会」騒動発生後にも同様の情報が一件寄せられたことから、私は樋田昌志一派の活動は石岡雄哲御尊師の御許可を頂いているものだと思い込んでいたのである。

 ところが去年であったろうか、「石岡御尊師は樋田氏がインターネットを通じて創価学会会員を折伏している、と云うことは承知しているが、具体的な活動(例えば『降魔の剣』掲示板の投稿内容や動画の内容等)には承知されていない(以上要旨)」との情報が複数寄せられたのである。確かに「妙教」誌には石岡雄哲御尊師は樋田氏がインターネットを使っていることに軽く触れて樋田昌志君を紹介しているが、樋田昌志君はその場で「降魔の剣」掲示板などの具体的な発言はしていない、いや、宗務院も認知している法華講員に対する黒川和雄一派による広域指定暴力団を用いた脅迫行為や人権侵害及び名誉毀損を幇助してなどとは「妙教」誌編集子は勿論のこと、石岡雄哲御尊師を前に発言出来る訳がないのである。

 本当に「石岡御住職の許可を得て」いるのであれば、黒川和雄一派による違法投稿を一年もの長きに亙って放置して幇助して来た管理者責任を石岡雄哲御尊師も樋田昌志君と共同して負うことになってしまうではないか。よって「石岡御住職の許可を得て」も眉唾者である。宗教法人妙相寺代表役員御住職発行の許可書でもあるのであろう歟、如何。

【長野県妙相寺信徒を僭称する者の妄言三に曰く】貴殿は折伏に全生命を投じておられる樋田氏を「人権侵害幇助者」と誹謗・中傷している。

 噴飯物である。「折伏に全生命を投じておられる樋田氏」とあるが、樋田昌志君は事業家だと聞き及んでいる。事業家が事業を放棄して、折伏して飯を食んでいるとでも云うのであろうか。黒川和雄一派は何かと法道院御一統に対して叛逆行為を取っているが、法道院御信徒の内山ワカ女は全事業を投げ捨て、喜捨し、法道院建設現場で身供養もし、折伏に邁進された。それに比べれば君達の云う「全生命を投じて」とは余りにも軽々しい言辞である。勿論、私自身も折伏に全生命を投じているとは烏滸がまし過ぎて云う心算は更々ない。

 これは余談である。平成二十三年九月のことであるが、邪教創価学会のコピー本尊を買い取る怪しいサイトがあるとの情報が寄せられたことがある。そのサイトには「日蓮正宗法華講妙相寺支部は、全国組織です」と書いてあったとのことである。これを見た多くの法華講員が「全国組織」などと自讃する言辞に呆れ返ったいたのである。有り体に云ってしまえば、東京第一地方部の大寺院の多くは布教区外にも全国的に法華講員が属しているし、法道院支部に到っては御隠尊日顯上人猊下が「今日、法道院という宗門隨一の法華講支部」と御指南を仰せのように信徒の株分けをしても尚名実共に全国組織であるけれども、法道院支部は自ら「全国組織」等とは自讃しない。これは日本人としての慎みである。それをコピー本尊買い取りサイトは「全国組織」等とは称して悦に浸っている。佛教徒としての自讃の誡めを知らない恥知らずな言辞である。勿論、石岡雄哲御尊師もそのよな仰せをなさる筈もなければ、講頭殿・副講頭殿・幹事殿等の認証諸役が云われた訳でもなく、「日蓮正宗法華講妙相寺支部」を自称する者の無分別な言辞であろうが、「全国組織」も余りにも軽々し過ぎる言辞ではないか(御隠尊日顯上人猊下の御指南に、講中が大きくなったのであれば新しい寺院を寄進して講員を株分けしなさい、とある。法道院支部はその御指南を忠実に実践しているが、それでも尚、「宗門隨一の法華講支部」に位置しているのである)。

 閑話休題。そして仮に樋田昌志君が「折伏に全生命を投じて」ていたとしても、黒川和雄一派による法華講員に対しての広域指定暴力団を用いた脅迫行為や人権侵害及び名誉毀損を幇助したことは紛れもなく事実であり、宗務院も知っているのである。しかも樋田昌志君は黒川和雄一派が主張する「紙幅戒壇本尊論」に対して、削除も対応もせずに、結果的には謗法与同していたのである。「紙幅戒壇本尊論」は御隠尊日顯上人猊下が明確に否定された邪義邪説である。その邪義邪説に与同していたのは樋田昌志君である。

 更に述べれば、平成二十三年五月十八日に樋田昌志一派から私に問い合わせの電子メールがあり、私は問い合わせの回答と法的問題を指摘して送信したが、不誠実にも梨の礫でさっぱり返信もなく、脅迫行為や人権侵害の幇助の指摘にも特に辯疏や反論はなく、私の指摘に反論不能に陥り、樋田昌志一派が黒川和雄一派による法華講員に対しての脅迫行為や人権侵害を幇助したことは確定したのである(樋田昌志一派や黒川和雄一派の好きな言葉で云えば議論に「敗北・遁走」したのである)。

 よって、樋田昌志一派が脅迫行為や人権侵害を幇助した事実を日蓮正宗法華講員が指摘しても、「誹謗・中傷」ではないのである。

【長野県妙相寺信徒を僭称する者の妄言四に曰く】「どんなに折伏しても退転してしまえば育成に失敗した・・」との書き込みは諸事情に詳しくない人間の単なる中傷であると断じる。

 その「諸事情」を提示しないで「単なる中傷であると断じる」のであれば、それこそこの投稿文は「長野県妙相寺信徒」を僭称する者の単なる中傷であると断じるものである。

 拙稿「『日蓮大聖人のご生涯と正法伝持』を推薦する」の中で「どんなに折伏しても退転してしまえば育成に失敗云々」と述べたのは、樋田昌志君が育成に失敗したことを責めたものではない。

 原文は「長野の人権侵害幇助者(法華講員誹謗に与同した人物)が創価学会支部長を折伏したそうであるが、その元支部長が退転して件の放火容疑者・鳥本雄行氏(逮捕)に帰依するに到ったと私は聞き及んでいるが、どんなに折伏しても退転してしまえば育成に失敗したのであり、大いに恥じ入るべきである。インターネットで動画ゴッコに興じている暇があるのならば育成をすべきである。それが日蓮正宗法華講の伝統的姿勢である。宗務院は在家に動画を作って公表せよ、広報活動せよ、対論・法論せよ、とは指導されていない。このような御宗門非公式の布教活動は宗内僧俗にとって迷惑至極である。長野の人権侵害幇助者は一法華講員に過ぎないのであって、対外的に一宗を代表するものではない」である。

 樋田昌志君も凡夫であり、失敗することもあれば、謬っている行動を取ることもあるであろう。現に黒川和雄一派による法華講員に対する広域指定暴力団を用いた脅迫行為や悪逆無比な人権侵害及び名誉毀損に幇助したことは、樋田昌志一派の明確なる謬りであり、看過し得ないものがある。よって樋田昌志君も失敗することもあれば、謬っている行動を取ることも現実にあるのである。

 育成に失敗することは樋田昌志君ではなくても、有り得ることであり、責めるところはない。大切なことは、失敗したことを恥じ入って、即ち反省し、次に繋げる、例えば竹本良一君に対してインターネット上ではなく面談して再折伏する行動を取るべきではないのか。本当に樋田昌志君が折伏の闘士であるならば、インターネットで動画ゴッコに興じている暇はない筈である。こつこつと地道に信行に励む法華講員は、樋田昌志一派が動画作品を作っている時間も現実世界で折伏を行じているのである。まして「宗務院は在家に動画を作って公表せよ、広報活動せよ、対論・法論せよ」と仰せでもないことをしている遑はないであろう。

 更に述べれば、樋田昌志一派が行っている活動は甚だ問題があるのである。何故ならば樋田昌志君らは一講員に過ぎないのに、地道に信行に励む法華講員よりも目立つ為、樋田昌志一派の非公式活動が日蓮正宗及び法華講の代表の如く思われてしまうからである。例えば樋田昌志一派が法論に負けたならば、創価学会は樋田昌志一派が負けたのではなく、日蓮正宗及び法華講の敗北と喧伝するであろうし、一般世人もそう認識するのである。地道に信行に励む法華講員は樋田昌志一派に「法論をしてくれ」と頼んだ訳でもないのに、実際に迷惑を被るのは地道に信行に励む法華講員である、と云う不条理さを考えなければ、樋田昌志一派は日蓮正宗及び法華講連合会の中で浮いた存在となるのである。

 折伏を受けられた方はネット接続の環境があれば、「日蓮正宗」や「法華講」の語彙で検索されることは少なくない。日蓮正宗とはどんな宗派なのであろうか、と検索してみれば樋田昌志一派の醜態や黒川和雄一派による穢い言葉遣いや世人が顔を顰めるような性表現で溢れていたならば、「日蓮正宗」や「法華講」に対して間違った認識を植え込んでしまうのである。折伏を受けられた方は御授戒を受けることを決断していたのに、「日蓮正宗に入信したらビラ配りや街頭宣伝をやらされる」と誤解されてしまい、翻意してしまったことが現実にあるのである(この方は誤解が解けて御授戒を受けられたと聞き及んでいる)。

 動画投稿サイトYouTubeに樋田昌志一派の会員と目される女史による、京成上野駅での街宣模様の動画をアップロードして一般に公開されている。京成上野駅と云えば、常泉寺や本行寺から歩いて十五分、妙縁寺から歩いて二十分の所に位置し、三箇寺からすれば庭である。昔からの檀家さんも少なからず住んでおり、古刹や当地の檀信徒は長い歴史の中でこつこつと地域に信頼を築いて来たのである。常泉寺であれば「この地域で一番格式と由緒のあるお寺」、妙縁寺であれば「あそこは昔からある由緒正しいお寺」だ、と地域に住んでおられる一般の方々は口を揃えて評価されている。檀信徒も祭礼に参加もせず、苦労されたがこつこつと地域で信頼を築いて来たのである。その地域で、非常識な街宣を行えば、「当地で街宣をしてくれ」と頼んでもいない、長い歴史の中でこつこつと地道に信行に励んで来られた当地の法華講員からすれば、迷惑でしかないのである。如何しても街宣活動をしたいのであれば、他寺院の庭ではなく、御住職・御主管の御許可を得て自分の所属寺院の門前ですべきである。自分の寺院の門前で出来ない行為を他寺院の庭で行うなどは迷惑でしかないのである。これは京成上野駅で街宣活動があったことを知る東京第一地方部の法華講員のほぼ共通した見解である。現に地元の法華講連合会富士会館には樋田昌志一派の活動は迷惑だ、とする意見すら出ているのである。(尚、街宣行為は所轄の警察署に届け出て許可を得なければ違法行為であるが、当街宣の許可の有無について御存知の方がおられたら御一報頂きたい。)

街頭 in 京成上野 001
http://www.youtube.com/watch?v=UGN4XCoOpWg
街頭 in 京成上野 002
http://www.youtube.com/watch?v=VrPm2yCzLoQ
街頭 in 京成上野 003
http://www.youtube.com/watch?v=8o7Cdghg0wk
街頭 in 京成上野 004
http://www.youtube.com/watch?v=vBZJ7ud_kgA
街頭 in 京成上野 005
http://www.youtube.com/watch?v=9982oZpSwxY

【長野県妙相寺信徒を僭称する者の妄言五に曰く】「インターネットで動画ゴッコに興じている暇」とあるが、既に申し述べた通り御法主上人猊下及び石岡御住職の許可を得ている。

 「御法主上人猊下」の御「許可を得ている」に関しては二に曰くで述べたように明確に否定するものである。

 石岡雄哲御尊師の御許可に関しては、「石岡御尊師は樋田氏がインターネットを通じて創価学会会員を折伏している、と云うことは承知しているが、具体的な活動(例えば『降魔の剣』掲示板の投稿内容や動画の内容等)には承知されていない(以上要旨)」との情報が寄せられており、宗教法人妙相寺の公式文書としての許可書を提示しない限りは信用することは出来ない状況に到っているのである。

【長野県妙相寺信徒を僭称する者の妄言六に曰く】「御宗門非公式の布教活動・・」、上④の通りである。

 樋田昌志一派の活動は「御宗門非公式」の活動である。一派の頭目である樋田昌志君自身が「尚、toyoda.tvおよび『降魔の剣』は樋田昌志個人の運営・管理によるもので、内容の一切については宗教法人・日蓮正宗とは全く無関係である」と述べており、明確に「御宗門非公式の布教活動」であることを高らかに宣言しているではないか。

 そもそも御宗門公式活動であれば、その許認可や告知が機関誌「大日蓮」の録事に掲載されていなければならない。公式とはそう云うことである。「長野県妙相寺信徒」を僭称する者は「大日蓮」の掲載号数及び頁を明示すべきである。それとも黒川和雄一派の許可捏造と同類の輩であるの歟、如何。

【長野県妙相寺信徒を僭称する者の妄言七に曰く】「宗務院は在家に動画を作って公表せよ、広報活動せよ、対論・法論せよ、とは指導されていない。」とは笑止千万。宗務院は信徒を指導せぬ。指導をするのは所属寺院の住職の権限である。

 やはりこの投稿者は「長野県妙相寺信徒」を詐称しているのであろう。文体のみならず、知見もその程度であれば、詐称していると断定されても仕方がないのである。

 宗務院及び宗務院の出先機関である大布教区宗務大支院長及び布教区宗務支院長は必要があれば、在家信徒を指導するのである。現に黒川和雄一派会長の黒川和雄君は平成二十二年十一月末に妙輪寺にて、同一派代表相談役である松木孝嗣君は同年十二月二十五日に日正寺にて、宗務院に召喚されて厳しく叱責され、種々の指導を受けたのである。この時の長倉教明御尊師と盛岡窮道御尊師の心中を拝察するに、忸怩たるものがあったであろうと思うと私は悲しく思うのである。指導教師に恥を掻かせてはならない、との意識が普通の法華講員にはあるのに、不逞な信徒を抱えられ、さぞ御不快であらせられたであろう。

【長野県妙相寺信徒を僭称する者の妄言八に曰く】貴殿は「法華講とは何か?」を根本から勉強することだ。【宗務院~指導】とはよく言えたものである

 必要があれば、宗務院が法華講員を指導することがあることは、七に曰くで論証した通りである。

 更に述べれば、「宗務院は在家に動画を作って公表せよ、広報活動せよ、対論・法論せよ、とは指導されていない」の「指導」とは直接的な御指導だけを指すものではない。宗務院の方針、宗務院の意思として、「在家に動画を作って公表せよ、広報活動せよ、対論・法論せよ」があるのかと私は問うているのである。「法華講員の心得」などの御宗門の指導書に書かれているのか、である。そして広報活動などは宗務院に対する越権行為ではないのか、である。

 それにしても笑止千万なのは、私に「貴殿は」と語り掛けていながら、私が知らない所(電子掲示板)で鄙劣にも狐鼠狐鼠と投稿していることである。私に語り掛けるのであれば、私に直接電子メールを送らなければ意味を成さないではないか。これでは悪辣な印象操作の謀略だと思われても仕方がないのである。

【長野県妙相寺信徒を僭称する者の妄言九に曰く】貴殿は日蓮正宗の末寺である妙相寺を否定し、更に御法主上人猊下及び石岡御住職を否定し馬鹿にした僧宝破壊の堕地獄必定の不良法華講員であると断言する

 「末寺である妙相寺を否定」……妙相寺を否定した事実はない。私は樋田昌志一派の活動は「御宗門非公式の布教活動」だと述べただけであり、末寺は否定していない。それとも「長野県妙相寺信徒」を僭称する者は「妙相寺=樋田昌志不二一体論」なる邪義でも主張しているのであろうか。

 「御法主上人猊下及び石岡御住職を否定し馬鹿にした」……これも事実ではない。そもそも私が御法主上人猊下を「否定し馬鹿にした」と主張するならば、具体的に引用して、具体的に論証しなければ、それこそ「単なる中傷であると断じる」である。それとも「長野県妙相寺信徒」を僭称する者は「御法主=樋田昌志不二一体論」なる邪義でも主張しているのであろうか。また石岡雄哲御尊師に対しては私は一切批判の対象にはしていない。それとも、「長野県妙相寺信徒」を僭称する者は「指導教師=樋田昌志不二一体論」なる邪義でも主張しているのであろうか。

 「僧宝破壊の堕地獄必定の不良法華講員であると断言する」……「長野県妙相寺信徒」を僭称する者は「樋田昌志一派の活動は御宗門の認められた公式の活動ではない」と述べた法華講員は「堕地獄必定」だと云っているようなものである。「長野県妙相寺信徒」を僭称する者は「樋田昌志僧宝論」の邪義を主張しているようなものである。

 私は樋田昌志一派の活動を否定したのであり、御法主上人猊下や末寺御住職・御主管を否定してはいないのである。樋田昌志一派の活動を御法主上人猊下や末寺御住職・御主管に摩り替えて、御宗門非公式である事実を隠蔽してはならないのである。

【長野県妙相寺信徒を僭称する者の妄言十に曰く】貴殿は何名の人間を現実に折伏したのであるか? 一人の退転者が出たから育成に失敗した? 何を言うか馬鹿者!! 貴殿は三宝破壊の大罪人である。

 「貴殿は何名の人間を現実に折伏したのであるか?」……大きなお世話である。私が教化親となっていることは、過去の拙稿にも触れているのである。

 「一人の退転者が出たから育成に失敗した?」……退転したならば育成に失敗したのである。失敗したからこそ、退転したのである。問題なのは育成に失敗したことではなく、その後の態度にあることは四に曰くでも述べたところである。

 「何を言うか馬鹿者!!」……このような穢い罵言を用いることは、法を下げ、日蓮正宗、宗祖日蓮大聖人、御法主上人猊下、御住職、法華講員を貶める行為であり、それこそ「三宝破壊の大罪人」の所行である。日蓮正宗の信徒と称するならば、世人が誤解せぬよう、振る舞い(発言や行動)には注意しなければならない。これは第六十六世日達上人の御指南である。

 「貴殿は三宝破壊の大罪人である」……前項でも述べたように、「長野県妙相寺信徒」を僭称する者こそ、「三宝破壊の大罪人」である。

 已上、「長野県妙相寺信徒」を僭称する者の妄言を悉く論破した次第である。尚、附言するが御指南にもあるように、総本山(御法主上人)・御住職・檀信徒の縦糸と、法華講連合会・地方部・講中の横糸で日蓮正宗と云う布を織り成すのであり、この御指南に違背する行為、例えば宗務院と末寺御住職・御主管に御許可を頂かない横糸(講中横断)を作る行為は私は一切許容しない。樋田昌志一派であれ、黒川和雄一派であれ、私は日蓮正宗檀信徒・法華講員として反対するものである。


【追記】平成24年09月07日(金)

 本稿に対して読者の方から「横糸をつくることの許可は指導教師の職掌じゃなくて、宗務院の職掌です」とのコメントを頂き、私はすっかり大切な視点を見落としていたことに気が付いたのである。

 それは講中(法華講支部)同士が交流するか如何かは指導教師同士の一存ではあるが、法華講員個人が徒党を組むことや他寺院法華講員と徒党を組むことは指導教師の一存ではなく、宗務院の判断と管長(御法主上人)猊下の許認可で決められるのであり、「石岡御住職の許可」が事実であれば明白なる越権行為になってしまう、と云うことである。

 そして法華講連合会・地方部・講中以外の横糸を結成するには、管長猊下の許認可以前に宗規の改正を要することであり、現行の宗規では管長猊下の許認可を以てしても、樋田昌志一派や黒川和雄一派などの徒党(横糸)を結成したり、講中(法華講支部)の枠(横糸)を越えた活動は出来ないのである。これらの行為は日蓮正宗宗規と御指南に反し、法華講の伝統を蹂躙するものである。

 私は何度も云っていることであるが、インターネットの電子掲示板に投稿しても、他宗教者と対論をしても、動画を制作して投稿しても、それは佛道修行とはならない。観妙院日慈上人は「信心は観念の遊戯ではない」と御指導されたが、これらの行為は佛道修行ではなく、観念の遊戯でしかないのである。御住職・御主管を直接の師と仰ぎ、帰命依止の当詣道場である菩提寺に参詣し、また日々の講中活動と信行学だけが佛道修行なのである。

 また現実社会に於ても、法を下げるような行為は慎み、御住職・御主管に報告申し上げられる信心をしなければ罪障を積むだけである。よって樋田昌志一派であれ、黒川和雄一派であれ、私は日蓮正宗檀信徒・法華講員として断固反対するものである。

 もし、樋田昌志一派及び黒川和雄一派の参加者が本稿をお読みであるならば、先づは所属寺院の指導教師様に参加していることを報告し、併せて本稿をお見せし、御指導を受けられるよう、願って止まない。


【追記】平成24年09月09日(日)

 黒川和雄一派の主張した邪義邪説たる「紙幅戒壇本尊論」に、樋田昌志一派は結果的に謗法与同したことは、本稿にも述べた通りである。

 平成九年発行の「創価学会の偽造本尊義を破す」(日蓮正宗宗務院編)には次のようにある。

〈前略〉
 大石寺の御宝蔵にはもちろんのこと、この世のいずこを探しても、彼等の言う『紙幅の戒壇の大御本尊』なるものは存在しません。このような“前代未聞”の珍説がどこから生まれたか判りません〈後略〉

 黒川和雄一派が主張し、樋田昌志一派が謗法与同した紙幅戒壇本尊論なる邪義邪説は宗務院が破折済みなのである。黒川和雄君にしても、樋田昌志君にしても、所詮は「何でも自分信仰」でしかなく、その「何でも自分信仰」が謗法や犯罪を犯したり、また幇助して御法主上人猊下及び御隠尊上人猊下と御僧侶方や法華講員を悩ます結果となったのである。師弟相対して三宝尊に信順するのではなく、己に信順するから「何でも自分信仰」となるのである。

 よって、黒川和雄一派と樋田昌志一派こそ、「三宝破壊の大罪人」なのである。大切なことは、「三宝破壊の大罪人」の儘終わるのか、それとも反省悔悟に到れるのかである。反省悔悟に到れるのであれば悦ばしい限りであるが、「三宝破壊の大罪人」の儘終わるのであれば、それこそ「堕地獄必定」である。

■参考記事
拙稿「黒川和雄君の支離滅裂な妄論を破す」
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-142.html


【追記】平成24年09月11日(火)

 ある法華講員御同朋から、黒川和雄一派の代表相談役である松木孝嗣君が以下の発言をしているとの情報をお知らせ頂いたので、本稿に追記する次第である。

正宗を離れている身
ありゃ、
名前:北の被告@■■■、 日付:2012/08/08(水) 20:23

騒がせてしまったようだ。(汗;、

〝降魔の剣〟に関しては、私は今後とも参加する予定は無い。もともと、あのバカロムが面白そうなので、すこし遊んでみようと思っていただけである。(笑)、


また、私は現在、正宗を離れている身であり、今後の方針というか今後自分の信仰をどうするかはまったく考えておらず、正宗の教義に関しても、全面的に受け入れる考えは無い。

 松木孝嗣君は「正宗を離れている身」であることを自ら表明されている。尤も事実は自ら離れたのではないけれども、松木孝嗣君が日蓮正宗信徒・法華講員ではないことは厳然たる事実である。

 黒川和雄君には日蓮正宗信徒・法華講員ではない謗法の輩を代表相談役に推戴した任命責任、樋田昌志君には日蓮正宗信徒・法華講員ではない謗法の輩による法華講員に対する広域指定暴力団を用いた脅迫行為と悪逆非道な人権侵害及び名誉毀損に与同(幇助)した責任が問われるところ甚だ大である。

 兎も角、黒川和雄君が謗法の輩を代表相談役に推戴して法華講員に対し、著しい人権侵害及び名誉毀損をしたこと、樋田昌志君が謗法の輩による法華講員に対する脅迫や人権侵害及び名誉毀損に与同(幇助)したことが明白になったのである。

 法華講員ではない謗法の輩と与同及び幇助して、法華講員を攻撃し、懼れ多くも御法主上人猊下と御隠尊上人猊下を御悩まし奉り、また日蓮正宗僧俗に多大なる迷惑を掛け続けたのが黒川和雄君と樋田昌志君である。両君がその責任を痛感し、一寸でも誠意があるならば、取るべき道は云わずとも一つである。


【追記】平成24年10月29日(月)

 ある法華講員御同朋から、黒川和雄一派の代表相談役である松木孝嗣君が以下の発言をしているとの情報をお知らせ頂いたので、本稿に追記する次第である。

松木孝嗣・自称正信会違法占拠寺院「行足寺」
私は本年、私の母の三回忌にあたり、三件の正宗寺院関係から断られ、最後に札幌正信会の行足寺の川田御尊師にお願いして三回忌を無事に奉修している。これも私の人生の流れなのだろう。

数十年ぶりに行足寺に行き、誰もいなかったので本堂安置の日達上人の御本尊を拝して唱題をあげているうちに自分が信心を始めたころのなつかしさがよみがえり、万感むねに迫るものがあった。

私は大石寺関係者からも異端扱いをされてきたし日正寺の幹部法華講員からも私を批判するむきがあったことを知っている。ただ、私に面とむかって議論をふっかけてくる者がいなかっただけである。(笑)、

 松木孝嗣君は御宗門から信徒除籍の処置に付されているのであるから、日蓮正宗寺院から法事依頼を断られるのは本宗の宗是として蓋し自然の道理である。それから些細なことではあるが、自分の親の法事の執行は「奉修」とは云わないのである。

 また「私は大石寺関係者からも異端扱いをされてきたし日正寺の幹部法華講員からも私を批判するむきがあった。ただ、私に面とむかって議論をふっかけてくる者がいなかっただけである。(笑)、」と述べているが、松木孝嗣君が御宗門から異端視扱いを受けたのも、日正寺法華講諸役から批判があったのも、黒川和雄一派荷担に関して宗務院から誡告を受けたよりも後のことである。何故ならば松木孝嗣君の元細君や娘さんのことは日正寺御住職や在勤の方々、講中の方々も熱心な御信徒であるとの認識はあったが、松木孝嗣君のことは顔すら知らなかったのである。曾て松木孝嗣君は自身のサイトで、当時日正寺執事であられた長倉信祐御尊師と懇意であると箔附をしていたが、長倉信祐御尊師は松木孝嗣君の顔すら御存知ではないのである。

 そして「ただ、私に面とむかって議論をふっかけてくる者がいなかっただけである。(笑)、」も事実ではない。日正寺としても講中としても松木孝嗣君に対して善導を何度も試みられているが、松木孝嗣君に連絡を取る手段を失ったのである。それが信徒除籍の処置に付された直接の理由である。仍って宗務院から召喚されて厳しい誡告を受けた後、就中民事提訴されて御法主日如上人猊下への退座要求や末寺御住職への悪口罵詈の後に松木孝嗣君が逃げも隠れもせず、正々堂々と日正寺に顔を出していれば、「議論をふっかけてくる」どころか、御住職から御指導や講中からの注意を受けたのである。自分から逃げて置きながら、「ただ、私に面とむかって議論をふっかけてくる者がいなかっただけである。(笑)、」とは余りにも牽強附会の言辞に過ぎるものである。これを世間では遁辞と云うのである。

 先の追記にも述べたが、黒川和雄君には自称正信会に墮した謗法の輩を代表相談役に推戴した任命責任、樋田昌志君には自称正信会に墮した謗法の輩による法華講員に対する広域指定暴力団を用いた脅迫行為・殺人予告と悪逆非道な人権侵害及び名誉毀損に与同(幇助)した責任が問われるところ甚だ大である。

 黒川和雄君と樋田昌志君はこの責任をどのように取る所存であろうか。また苫小牧市・佛寶寺所属を自称する後藤貴之君は自称正信会に墮した友人を厳しく破折して、折伏することが出来るのであろうか。

 御法主日如上人猊下は平成二十二年の新年の辞の中で次のように御指南を仰せである。

 而して、折伏を行ずるに当たって大事なことは種々説かれておりますが、その根本となるものは慈悲であります。

 大聖人は『諌暁八幡鈔』に、
「今日蓮は去ぬる建長五年癸丑四月廿八日より、今年弘安三年太歳庚辰十二月にいたるまで二十八年が間又他事なし。只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり。此即ち母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり」(御書 一五三九頁)
と仰せであります。

 折伏は、この御本佛の広大深遠なる大慈大悲を我が身に移し、一途に相手の幸せを願う一念に徹して励むことが肝要であります。

 この一念がないと「慈無くして詐り親しむは彼が怨なり」の譏りを受けることになります。

 『法華経安楽行品』には、法を説く者の心得として、
「嬾惰の意 及び懈怠の想を除き 諸の憂悩を離れて 慈心をもって法を説け 昼夜に常に 無上道の教を説け 諸の因縁 無量の譬喩を以て 衆生に開示して 咸く歓喜せしめよ 衣服臥具 飲食医薬 而も其の中に於て 望する所無かれ 但一心に 説法の因縁を念じ 佛道を成じて 衆をして亦爾ならしめんと願うべし」(法華経 三九〇頁)
と説かれています。

 即ち、怠慢・横着・無精・懈怠・懶惰の心を除き、憂いと悩みの迷いを離れて、慈悲の心を以て法を説き、昼夜の別なく無上道の教えを説き、諸の因縁と譬喩を限りなく語り聞かせて人々に佛の教えを説き示し、皆を歓喜せしめ、美しい衣服、柔らかな寝具、美味なる飲食、貴重な医薬があってもそれを求めず、ただ一心に法を説く者の因縁をもって、自らも仏道を成じ、人々もまた佛道を成ずるように願うべきである、と仰せられているのであります。

 この文は四安楽行のうち、口安楽行の一文でありますが、現代においても通用すべき教訓であります。

 就中「慈心をもって法を説け」との文意をよくよく拝し、折伏を行ずることが最も肝要であります。

 今、宗門は僧俗挙げて大折伏戦に臨むべき大事な時を迎え、一人ひとりが慈悲の心を持って折伏に励まれますよう心から願うものであります。

 後藤貴之君が正真正銘の法華講員であるならば、御法主上人猊下の御指南に信伏隨従し奉り、自称正信会に墮した友人を厳しく破折して、折伏すべきである。御本佛宗祖日蓮大聖人様は「慈無くして詐り親しむは彼が怨なり」と仰せである。


■参考資料
ヤフー知恵袋「冨士宗学研究に妙相寺が噛みついた。これをどう思いますか? 僧宝を誹謗する冨士...」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1186679671

冨士宗学研究に妙相寺が噛み
  1. 2012/09/05(水) 07:00:00|
  2. 徒然雜感|
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佛様のお遣い

 大日蓮出版発行の月刊「妙教」平成二十四年七月号十八頁に掲載の「よい子の佛教」の記事を紹介させて頂く。副題は「佛様のお遣い」である。あくまでも抜粋であるので、必ず該誌をお読み頂きたい。

 シーンは宅御講である。
 〈前略〉
 読経・唱題が済み、最後の三唱が終わると、御住職様は御書を開かれて、
 「御書をお持ちの方は、八百三十一ページを開いてください。四行目から拝読します」
 と『妙一尼御前御消息』の一節を拝読され、後ろ〈拙註・参席者〉を向いてお話を始められました。
 お話の中で、御住職様は阿闍世王という人が、最初は提婆達多にたぶらかされて、五逆罪や種々の謗法を重ねた悪人であったけれど、心を入れ替え、第一回の経典結集(けつじゅう)を外護するようになったことを話されました。そして、成佛できるかできないかは、私たちの勝手な判断で決めてはいけない。私たちは佛様のお遣いとして、ただ正法に導いていくことだけを考えなければならないと、強くお話になりました。
 お話が終わり、講員さんの一人が、
 「御住職様、池田大作のような悪人でも、心を入れ替えたら成佛が可能だということですか?」
 と、質問しました。それに対して御住職様は、
 「そうですねぇ、あなたは学会の人の折伏ができていますか?」
 と、問い返されたのです。その人は、
 「平成十年くらいまでは、ずいぶん脱会をさせることができたんですが、このごろは、学会員以外の折伏が多いですね。学会の人のところへ行っても、言い争いで終わってしまっています」
 「そうでしょうね。佛様は阿闍世王のような悪人でも、成佛に導くべき人と思われていた。大聖人様も、きっと池田大作を、成佛に導くべき人と考えておられるのではないでしょうか。平成三年のお正月に、御隠尊猊下も僧侶寺族に『たとえ池田大作であろうと、学会員であろうと、私たちにとっては成佛に導くべき相手である』という内容の御指南をされています。その御指南に、大聖人様のお心が現れているのではないでしょうか。御本佛様のお心を深く拝して、そのお遣いとして、学会員宅を訪ねるなど折伏ができているでしょうか」
 「うーん、そんなことを今まで考えたことさえありませんでした。三宝破壊の大謗法を行い、大勢の人を惑わせた大悪人とだけしか、思ってなかったなぁ」
 「そろそろ真の法華講員として、池田大作をも成佛に導いていこうという境涯になってください。そうすれば、同じ次元の言い争いはなくなりますよ」
 〈後略〉

 拙稿「他人の不幸を揶揄すること勿れ」で私が述べたかったことは、正にこのことである。法華経化城喩品第七に「願はくは此の功徳を以て普(あま)ねく一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に佛道を成ぜんことを※(願以此功徳・普及於一切・我等與衆生・皆共成佛道)」とある。この御経文は我が国の大乗佛教宗派の多くで「回向文」と称されるものである。(※御経文としては「佛道を成ぜん。」と訓ずるが回向文としては「佛道を成ぜんことを。」と訓ずる)

 みんなで成佛しよう、みんなを成佛させよう、と云う大乗菩薩の精神である。この精神がない者は大乗佛教徒でもなければ、慈悲を第一として一天四海皆帰妙法広宣流布を悲願とする日蓮正宗檀信徒・法華講員ではないのである。しかるに反宗門団体の黒川和雄一派は法華講員を自称しつゝも週刊誌の記事に踊らされて、池田大作氏が襁褓(オシメ)をしているなどと面白可笑しく揶揄・誹謗し、日蓮正宗の面目を穢して法を下げたのである。

 日蓮正宗の全僧俗は池田大作氏も含めた一切衆生を成佛に導くべき使命があり、まして曾て創価学会に所属していた法華講員は旧来の信徒よりもその使命感を強く持つべきではないのか。それを黒川和雄一派は法華講員を自称して、池田大作氏が襁褓(オシメ)をしているなどと面白可笑しく揶揄・誹謗しているのである。何とも無慈悲で無慙無愧の姿である。

 池田大作氏は大謗法と雖も御佛の御眼では衆生であり、教化・済度の対象であり、即ち法華講員としては折伏の対象である。仮に今生では成佛に導けなかったとしても、三世に亙ってでも折伏を成し遂げる、そうした気概を持つべきではないのか。本誌にも「私たちは佛様のお遣いとして、ただ正法に導いていくことだけを考えなければならないと」と書かれているように。

◆関係記事
他人の不幸を揶揄すること勿れ
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-156.html
  1. 2012/08/07(火) 07:00:00|
  2. 妙教雜感|
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日蓮正宗の伝統的な寺檀関係(質疑篇)【仮稿】

〈前稿〉

 拙稿「日蓮正宗の伝統的な寺檀関係」シリーズに対して、六人の法華講員御同朋から電子メールを頂きました。何れも拙稿に賛同されるものであり、私の憂宗護山の気持ちを御理解賜り、誠に有り難く思っております。今後は「御衣の御功徳」、「帰命依止の当詣道場に帰ろう(菩提寺帰ろう)」(何れも仮称)の二稿を発表したら、憂宗護山運動はインターネット上では一旦は終わりとさせて頂きます。

 この六人の御同朋の内、四氏からの質問が寄せられたので、本稿は質疑篇として「日蓮正宗の伝統的な寺檀関係」シリーズは擱筆とします。(冊子版掲載の際には適宜加筆します)

 尚、四氏に対しては何れも電子メールで質問に回答し、私との間でコンセンサスが得られております。


★法華講員A氏より

 拙稿「日蓮正宗の伝統的な寺檀関係(檀家篇)」を読まれた他宗の方が感想を述べられているが、如何なものかとA氏より御質問が寄せられました。私は基本的に御宗門及び寺院・講中公式サイトと佛具店サイトを除く宗教関係のサイト、ブログ、電子掲示板そして宗教関係に関わらずウィキペディアと二ちゃんねるは一切閲覧しないことしにしております。ブログは紹介があれば稀に閲覧することもありますが、私はインターネットの中には佛道修行はないと確信し、また私共の東京第一布教区を薫陶あらせられた観妙院日慈上人の「信心は観念の遊戯ではない」との御指導を思う時、インターネット上で対論などの活動をすることが御佛の御心に適うものではないと考えているからです。これは平成七年頃に大奥対面所にて時の御法主であらせられた第六十七世日顯上人猊下から勿体なくも親しくお目通りを賜った砌にある御指南を頂戴したことと、平成十年の客殿新築落慶法要に参加させて頂いた砌に思うことがあったからなのです。これは私の信念であり、今後も変わることはありません。よって他宗の方の感想は原文も読んではいませんが、拙稿への感想は以下の三点とのことです(後に削除されたとのこと)。

【感想一】信徒が金額を書くのは僭越であり、本人の資力や信仰に任せるべきである。

 この他宗の方は拙稿を誤解されていると思われます。私が拙稿の中で本宗檀家が納金すべき金額を具体的に書いたのは墓地管理費のみです。墓地管理費は墓地使用規定に具体的に金額が定められているものであり、御本人の資力や信仰に任せてはいけない債務です。御供養は御本人の資力や信仰による任意なものですが、墓地管理費の納金は任意ではなく墓地使用者の義務事項なのです。都営霊園に於ても墓地管理費(定額)の納金は墓地使用者の義務事項となっております。

 また僭越とのことですが、墓地管理費は墓地経営者が明示しているものであり、市井の財団法人などの霊園でも明示しなければならないことであり、僭越ではありません。私の菩提寺の御信徒は谷中の都営霊園に御墓所を構える方が多いのですが、管理費は千二百円と明示されております。

【感想二】檀家は付け届けをするものだ。

 私は他宗の方の書かれた原文を読んでいないのでこの意味が判然としませんが、「付け届け」が他宗寺院の檀家に見られる付け届けを意味しているのであれば、日蓮正宗の檀家は付け届けをしません。もし付け届けを申し出ても、御住職・御主管はお断りになられます。

 寺院によっても異なるとは思いますが、檀家として納金するものは墓地使用規定に定められた墓地管理費、護持会会費(護持会のない末寺では護持会会費はない)、それから春秋のお彼岸やお盆の檀家廻りで御僧侶がいらっしゃった際の御経料(御供養)くらいであり、檀家としての現金の付け届けはありません。

 それ以外は御経日や御講などの法要での御供養(任意)、御塔婆冥加料(参加は任意・定額)、葬儀や法事の御供養(任意)などは法華講員共通の志であり、付け届けではありません。

 ただ御造酒であるとか、季節の水菓子などを菩提寺御寶前に御供養される方はおられますが、他宗のように盆暮れに現金の付け届けはありません。

 付け届けとは、お金を包んで御僧侶個人に捧げて便宜を図って貰おうとするものです。日蓮正宗には斯様な贈収賄紛いの習慣はありません。

【感想三】冨士宗学研究は創価学会会員であろう。

 何方にどのように思われようが、まして他宗の方が、私の知らないところでどのように評価し、また判断されようが、私には関係のないことです。私は宗教関係のサイトはアクセスしないのですから、異論反論や質問があればメールを送って頂かなければ分かりませんので、私には関係ないと云う外はありません。

 他宗の方はどう判断されるかは知りませんが、日蓮正宗の寺院行事に参加し、講中の活動をされている方であれば、弊ブログは法華講員の執筆によることはお判り頂けると確信しております。宗務院から譴責された人物がある電子掲示板で私は誰某であるとか、創価学会会員であるとかと喧伝していると聞き及んでおりますが、その人物は私へのレッテルも花野充道一派、高妻明憲氏、正信会会員、創価学会会員、應顯寺信徒等等ところころと変えておりますが、一度たりとも証明(立証)しておりません。立証しないレッテル貼りは所詮は虚偽に基づく誹謗中傷でしかありません。またレッテルも一貫性がなく、普通の法華講員であれば信じる方はおられないと思います。

 それから余談となりますが、私の菩提寺の護持会の会則は寶龍寺御信徒の蒼蠅氏が良く知っております。何故ならば、平成十二年十二月に蒼蠅氏が所属寺院を護持する為に護持会を作ることを提案したいとF氏に相談されてサンプルとして会則を読みたいとの話があり、F氏からA氏に伝わり、A氏から私に相談があり、会則などは内部のものであり、他寺の方にお見せするのは如何なものかとも思いましたが、「蒼蠅さんは信頼出来る方だ」とF氏からの伝言もあったので、私がタイピングして絶対に公開しないことを条件にしてF氏経由で蒼蠅氏に提供しているからです。


★法華講員B氏より

【質問一】檀家篇に「宗門人別改帳を戸籍として民を檀家とさせた」とありますが、宗門人別改帳に書かれていなかったら如何なるのですか?

 人別帳に記載がない者や外された者は無宿者(もしゅくもの)として扱われます。

【質問二】日蓮正宗信徒が他宗寺院の宗門人別改帳に載せられていたことがあるのでしょうか?

 そう云う例も少なくありません。例えば金澤法華講衆の多くは単称日蓮宗寺院・金栄山妙成寺の宗門人別改帳に記載されており、これが法難に結び付いております。改宗することが容易ではありませんでした。

 但し私の大学時代の教授によれば、京都、江戸、堺などの商人の力が強い大都市では、町人が改宗することは絶対に不可能であったと云う訳ではなく、金銭で改宗を認めたり、禁制宗教ではない限りは佛壇改めを目溢しする寺院も少なくはなく、また無宿者から金銭を受けて宗門人別改帳に載せたりしていた例もあると聞いております(無宿者は奉公人などの生業に就けなかったので生業に就く為に寺院に金銭を渡して宗門人別改帳に載せて貰っていた)。

 金澤法難は金澤妙成寺の僧侶が冨士門流に改衣し、また妙成寺から離反信徒を増やしたことが妙成寺側を硬化させて寺社方の諮問に対して虚偽の答申をしたことが発端となっていることは、向敏子女史の著書「金沢法難を尋ねて」に詳しく書かれております。こうした地方では、他の寺院に移ることは出来ませんし、また金沢の地には大石寺の末寺がないのですから、心ならずも他宗寺院の宗門人別改帳に載せられてしまうことは詮無いことだと思われます。

 何れにしても、宗門人別改帳と実質的な信仰は関係ありません。戸籍上では他宗寺院の宗門人別改帳に記載されていても、日蓮正宗を内得信仰していたのです。また内得信仰も現在とは些か趣が異なるようです。現在ですと、例えば入信されたものの、御家族等の反対や諸事情で御本尊様の御貸下を賜っていない方を指します。しかし江戸時代では御本尊様を御貸下賜っていても、信仰を公に出来なかった、例えば金澤法難下の法華講衆も内得信仰と云われる場合があります。


★法華講員C氏より

 拙稿「日蓮正宗の伝統的な寺檀関係(師弟篇)」を読まれたC氏より、拙稿に書かれていることは「なるほど、尤もなことだ」と思ったが、法要で御観念文を読んではいけない、との件(くだり)が分からない、との御質問を頂いた。

 拙稿の原文は、「私などは法要で御経本を捲って御観念文を読んでいる法華講御同朋がいれば、法要後に第六十五世日淳上人の御指南を引いてそれとなく注意するが、『それは知らなかった。教えて呉れて有り難う』と云って下さる」です。

 これは法要に限ったことではありません。日常の勤行の時も然りですが、導師がいる場合は同行する個々が御観念文を観念(心で読むこと)してはいけません。これは「導師に対する越権である」と日淳上人が厳しく御指南されております(日淳上人全集参照のこと)。

 本来、御観念は心の中で静かに念じることです。その最中に御経本の頁を捲ったり、御念珠をジャラジャラさせては御観念の妨げとなってしまいます。総本山大石寺客殿で丑寅勤行に先立ち、注意事項がアナウンスされますが、それを思い出して頂ければ御理解頂けることと思います。


★法華講員D氏より

 拙稿「日蓮正宗の伝統的な寺檀関係(師弟篇)」を読まれたD氏より、「縦糸と横糸について御指南はありませんか」との御質問を頂いた。

 御隠尊第六十七世日顯上人猊下の御指南を謹載します。

 今日、立派な法華講を育て上げた方は皆、様々な問題に逢着しながらも、護法の決意によってそれを乗り越えてきているのです。是非、そのような経験を持った住職の方々の意見を聞き、色々な面で見習っていただきたいと思うのであります。要は、工夫と努力であります。
 日應上人様が総本山を退院され、隠居の立場で布教を志されて、東京・深川の東元町の長屋に居を構えられたという話を、皆さんも聞かれておると思います。その時に詠まれた、
 「深川に 蛸一匹の 浮き沈み」
という有名な川柳がありますが、本当に苦労されながら、二人、三人、五人の信徒から始められ、今日、法道院という宗門隨一の法華講支部が出来上がっているのであります。
(中略)
 もう一つ、この機会に申し上げておきたいのは、法華講連合会の存在であります。
 以前にも申しましたが、縦糸と横糸があって初めて織物が出来るように、広布の発展、信徒の育成においてもこれは不可欠であります。もちろん、宗務院から宗務支院、宗務支院長から管内寺院の住職というような指導・連絡等があり、それぞれの住職・指導教師から信徒に対して指導を行うという在り方が本来の姿であります。
(中略)
 考えてみますと、今日まで、連合会の存在が色々なところで大きく宗門を支え、信徒の融和と、また広布への前進を推進してきておることを感じております。
 この横糸としての連合会の在り方、そして、縦糸としての宗務院、宗務支院、各末寺の指導教師の立場というところが相俟って初めて、真に僧俗和合一致しての広布の進展も存すると思うのであります。
(平成八年一月六日 末寺住職・寺族初登山の砌 「大白法」第四百四十八号)


 私はいつも申しておりますように、現在の宗門の在り方は、私が直接、統率する上から、総監以下、宗務院各部にそれぞれの部長等がおり、さらに全国にそれぞれの大布教区長、乃至それぞれの支院長がおりまして、さらにその所轄の各寺院が存するわけであります。言うなれば、そういう僧侶の機構における、縦の線の指導系統が基本になっておるのであります。
 そこには当然、それぞれの寺院に信徒がおられ、その信徒の方々の横の連絡、その時々の状況に基づく広布達成のために色々な連絡、指示等の必要性から、この連合会があるのであります。
 それは、あたかも縦の糸に対して横の糸がきちんと備わって一つの立派な布を作ることができるように、また、唇歯輔車という語(ことば)もありますように、同じ目的のために互いに助け合って一つになり、その目的を達するという意味で必要であると思うのであります。
(平成八年五月八日 日蓮正宗法華講富士会館板御本尊入佛法要の砌 「大白法」第四百五十五号)


 執筆に当たり、激励や御高覧を賜りました法華講衆同志に御礼申し上げ、以上をもちまして、「日蓮正宗の伝統的な寺檀関係」シリーズは擱筆と致します。


※「日蓮正宗の伝統的な寺檀関係」はシリーズ全篇は仮稿なので、他のサイトや電子掲示板及びブログ等への引用は固くお断り致します。

 また拙稿中に過誤を発見された方やお気付きの点がありましたら、コメントではなく、メールにてお知らせ頂けるよう、お願い申し上げます。所属寺院は記入して頂きますが、本名、住所、電話番号などの個人情報は記入する必要はありませんので、お気軽にお知らせ下さい。
  1. 2012/08/03(金) 07:00:00|
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菩提寺と盂蘭盆会

 反宗門団体・黒川和雄一派の三大幹部である、黒川和雄氏、後藤貴之氏、松木孝嗣氏が「逆賊三人組」や「謗法三羽烏」と呼ばれていると聞かされた。因果応報、自業自得とは云え、憐愍の情に尽きないものである。何処で信心が狂ってしまわれたのであろうか。

 日正寺様に対する後藤貴之氏の悪行の経緯も大体判って来たが、果たして佛宝寺(苫小牧市)御住職・吉田秀晃御尊師が「載せてやれ。何か行ってきたら、宣伝してやっているんだからありがたく思え、って言ってやる」などと後藤貴之氏に仰せになるであろうか、甚だ疑問である。

 何故ならば末寺の布教方針は指導教師に一任されており、他寺の指導教師が介入することは縦の糸、即ち師弟相対に反するものである上に、「宣伝」などと俗的な言葉を仰せになるとは思えないのである。宣伝などは何れの末寺でも望んでいないことである。また日正寺(札幌市)御住職・長倉教明御尊師と吉田秀晃御尊師とでは、法臘も僧階も異なる。果たして吉田秀晃御尊師が大先輩である長倉教明御尊師に対して「ありがたく思え」などと無礼極まりない言辞を述べられるのであろうか。寺格、法臘、僧階、どれを取っても長倉教明御尊師が上位にある。後藤貴之氏の言葉が事実であれば、吉田秀晃御尊師は宗紀を紊乱したことになる。私には吉田秀晃御尊師を貶める後藤貴之氏の言葉を信じることは出来ないのである。

 このような信じ難い言動があれば、三大幹部が「逆賊三人組」や「謗法三羽烏」と呼ばれてしまうのは無理からぬことであるが、私は一佛教徒として憐愍の情に尽きないのである。

 彼等はインターネット上で「エセ法華講員」のレッテルを私共に対して貼ったが、彼等とは違って私は逆賊や謗法などと現実の御宗門や講中から恥ずかしい汚名を被ったことは勿論ない。今月は東京の寺院では盂蘭盆会が厳修され、一家揃って参詣させて頂いた。指導教師様の献膳、読経、焼香、唱題の御回向と御法話を賜った。そして御塔婆を頂いてお墓参りし、読経唱題した。

 檀家の墓地では、あちらこちらから読経や唱題の声がする。お線香の棚引く煙は幽玄さを醸し出している。自家のお墓は勿論、縁故や生前にお世話になった方のお墓にもお参りし、私共一族は粗餐の場に移動した。粗餐を囲みながら、御僧侶に御導師を賜った有り難さ、御法話の有り難さ、また平素から賜っている御住職様や在勤の方々の御厚情などが話題となる。

 「有り難いことだ」と。

 御歴代御法主上人の御指南を仰ぎ奉り、所属寺院を帰命依止の当詣道場として、指導教師様や執事様を師として、常に寺院参詣を志している法華講員であれば、何方であっても有り難みを覚える筈である。「今日の法要も有り難かった」、「今日の御法話も有り難かった」と。

 さて、ある方からお盆の起こりについて御質問を頂いたのであるが、
拙稿「佛説盂蘭盆經通釋」には盂蘭盆(お盆)の濫觴について書いてあるので御高覧を願い、回答に変えさせて頂きたく思う。
  1. 2012/07/30(月) 07:00:00|
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鄙劣な成り済まし行為

 ともさん氏から拙稿に対して以下のコメントが寄せられた。私は何度も表明しているように、コメントには個々には対応しない、拙稿に異論があるならば電子メールを送って頂かない限りは対応しない、としているが、今般は切実且つ緊急性もあるので、対応することにした。

[第544号]件名:管理人様 文責:ともさん |URL|  投稿日時:2012年07月26日(木曜日)18時42分47秒

すみませんが、私はその
IPで投稿した事はただの
一度もございません。

何故なら私は携帯からしか投稿しないからです。

私のナリスマシの仕業かと存じます。

[第545号]件名:管理人様 文責:ともさん |URL|  投稿日時:2012年07月26日(木曜日)18時49分31秒

すみませんが、私はそんな投稿は一切した事がないのです。そのIPは私のものではありません。
私のナリスマシの仕業です。

何故なら私は携帯から投稿しかしないからです。

 本音を云えば、二年も前のことに今更異論を申し立てられても甚だ困るのだけれども、成り済まし行為が事実であればお気の毒であるので、「ともさん」氏名義の全投稿を、携帯電話からのコメント投稿全十六件、ap.yournet.ne.jpからのコメント投稿全五件、合計二十一件を公開することにした。

携帯電話からのコメント投稿全十六件
タイトル:れいなさんはそんな人ではありません!
ホスト:wb10proxy13.ezweb.ne.jp
********************
れいなさんがそんな人だとは到底思えません。日蓮正宗立正安国論正義顕揚のサイトで勇気をもらっている人がどれだけいるか皆さんはご存知ないのでしょうね!
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-65.html#comment74

名前:ともさん
タイトル:電話で
ホスト:wb10proxy04.ezweb.ne.jp
********************
れいなさんが講頭であったかなかったかについては国際電話でロスアンゼルス妙法寺に確認して下さい。現地の人は間違いなく黒川和男さんが初代講頭だったと供述します。現地には日本人もたくさんいます。 以上、
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-65.html#comment78

名前:ともさん
ホスト:wb10proxy14.ezweb.ne.jp
********************
別にれいな氏が宗規違反を犯しているとは私は思いません。あくまで未公認の有志の会であり「日蓮正宗立正安国論正義顕揚」のサイトだと思います。何故そこまで目くじらを立てて親の仇みたいにれいな氏を非難するのかが分かりません。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-67.html#comment89

名前:ともさんです
ホスト:wb10proxy15.ezweb.ne.jp
********************
管理人さん、こきちさん、私は目が覚めました。れいな氏とは縁を切る事にしました。数々の失礼をお詫び致します。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-79.html#comment124

名前:ともさんです
ホスト:wb10proxy05.ezweb.ne.jp
********************
ともさんです。管理人さん、こきちさん、私は目が覚めました。れいな氏とは縁を切ります。大変な失礼の数々をお詫び致します。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-79.html#comment125

名前:ともさんです
タイトル:管理人様
ホスト:wb10proxy09.ezweb.ne.jp
********************
今回は寛大なるご処置を有り難うございます。また、桃の花さん、コメントを有り難うございます。今後ともよろしくお願い申しあげます。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-81.html#comment128

名前:ともさん
タイトル:管理人様
ホスト:wb10proxy07.ezweb.ne.jp
********************
管理人様よりお梱のお話がありましたのでお聞きしたいのですが、お梱の交換は毎月1日と15日でよろしいでしょうか?
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-103.html#comment161

名前:ともさん
タイトル:源五郎様
ホスト:wb10proxy11.ezweb.ne.jp
********************
有り難うございました。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-103.html#comment163

名前:ともさん
タイトル:管理人様
ホスト:wb10proxy06.ezweb.ne.jp
********************
冨士宗学研究は創価学会の謀略サイトですか?
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-104.html#comment168

名前:ともさん
ホスト:wb10proxy08.ezweb.ne.jp
********************
冨士宗学研究は創価学会の謀略サイトですか?
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-105.html#comment171

名前:ともさん
タイトル:源五郎様
ホスト:wb10proxy11.ezweb.ne.jp
********************
そうでした。私が間違っておりました。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-105.html#comment175

名前:ともさん
タイトル:疑問
ホスト:wb10proxy10.ezweb.ne.jp
********************
冨士宗学研究は何故、富士の文字が冨士となっているのでしょうか?顕正会と同じになってしまいますが?
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-105.html#comment180

名前:ともさん
タイトル:管理人様及び皆様
ホスト:wb10proxy02.ezweb.ne.jp
********************
明けましておめでとうございます。益々の管理人様の御壮健を御祈念させて頂きます。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-109.html#comment197

名前:ともさん
タイトル:黒川和雄一派から嫌がらせを受けております。
ホスト:wb004proxy03.ezweb.ne.jp
********************
私は管理人様やこきち様の投稿を読んで黒川和雄の
サークルを辞めました。
ところが辞めた途端に逆恨みして私の写真、住まいの写真、病気の妻のブライバシーまであちこちの掲示板で公開されております。法太郎の誹謗も酷いものです。本当に彼らは恐ろしいです。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-94.html#comment541

名前:ともさん
タイトル:管理人様
ホスト:wb004proxy09.ezweb.ne.jp
********************
すみませんが、私はその
IPで投稿した事はただの
一度もございません。
何故なら私は携帯からしか投稿しないからです。
私のナリスマシの仕業かと存じます。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-73.html#comment544

名前:ともさん
タイトル:管理人様
ホスト:wb004proxy01.ezweb.ne.jp
********************
すみませんが、私はそんな投稿は一切した事がないのです。そのIPは私のものではありません。
私のナリスマシの仕業です。
何故なら私は携帯から投稿しかしないからです。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-73.html#comment545

ap.yournet.ne.jpからのコメント投稿全五件
名前:ともさん
タイトル:れいな氏のロサンゼルス妙法寺初代講頭詐称問題について
ホスト:213.100.232.111.ap.yournet.ne.jp
********************
事実上は「マイク黒川」として初代講頭の任命を受けていたようです。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-67.html#comment91

名前:ともさんい
タイトル:れいな氏のロサンゼルス初代講等詐称問題について
ホスト:213.100.232.111.ap.yournet.ne.jp
********************
事実上は「マイク黒川」として初代講頭の任務に就いていたようです。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-69.html#comment92

名前:ともさん
タイトル:そのようですね
ホスト:213.100.232.111.ap.yournet.ne.jp
********************
あなたのような、左脳単一思考民族には、遅れてきた少年の論理は、いつまで経っても、わからないでしょうね。以上。
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-67.html#comment98

名前:ともさん
タイトル:黒川氏のがダメで、
ホスト:213.100.232.111.ap.yournet.ne.jp
********************
樋田さんの全国WEBメンバーは良いことなのですか?
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-67.html#comment102

名前:ともさん
タイトル:黒川氏のがダメで、
ホスト:213.100.232.111.ap.yournet.ne.jp
********************
樋田さんの、全国WEBメンバーは、良いのですか?
********************
URL:
http://fujimonryu.blog40.fc2.com/blog-entry-71.html#comment103

 私個人の現時点での見解では、ap.yournet.ne.jpからのコメントはともさん氏ではないと思う。しかしともさん氏には二年もの長きに亙り申し立てをしなかった過失はある。然りと雖も、成り済まし行為は許されるものではなく、悪質な犯罪行為でもあるのであるから、ともさん氏には所轄の警察署に被疑者不詳で刑事告訴されることを勧めるものである。

 刑事告訴もそれほど難しくはない。先づは所轄(お住まい)の警察署に相談に行き、告訴したい意向をはっきりと話せば、告訴に必要な書類の書き方も詳しく教えて頂ける。そうなれば、ap.yournet.ne.jpからの成り済まし投稿者は、裁判所からの発信者情報開示命令によって判明して、罰せられるのである。私は信条としてマルチハンドル、自作自演、自讚毀他、謀略、成り済まし行為は許容しない立場であるから、ともさん氏が刑事告訴されるのであれば、詳細なログの提供などで協力はする。
  1. 2012/07/27(金) 07:00:00|
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黒川和雄一派「講頭詐称疑惑を破す」の妄言を破す

 最早、黒川和雄一派は相手にはすまい、と思っていたが、法華講員御同朋より黒川和雄君が拙稿への反論とも取れる投稿を創価学会会員の掲示板に書いているとの連絡を頂いたので、今回は道義的な観点から黒川和雄一派の「講頭詐称疑惑を破す」の妄言を破すことにする。

講頭詐称疑惑を破す。 投稿者:黒川和雄 投稿日:2011年 9月23日(金)20時52分52秒

該当する寺院の当時の住職の方(指導教師というのでしょうか)に確認するのがいちばん早いのではないでしょうか。

詐称だ、いや違う、と不毛な対立に見えて仕方ありません。

■■■■■■■■■■

「不毛な対立」ではないのです。冨士宗学研究とここの連中が勝手に詐称と言っているだけです。

私は最初から「初代講頭」と言っております。英語でも講頭は「Koto」です。他の名称はございません。

これは過去にも何回も言っているのですが、「私は、創価が破門になる前に妙法寺の信徒になりました。」と言っております。この時は、日本でもそうだったと思いますが、法華講連合会に参加しているお寺というのは少なかったのです。しかし破門以降、脱会者が徐々に増えてきており、ロスの場合、日本人、アメリカ人、ヒスパニック系、韓国、中国(台湾)の人たち、また私が再折伏した正信会(本部・東京白蓮院今は宗門に復帰)・・・等々、忙しい毎日であり、とてもとても山田御住職お一人では賄えない状態でした。

その様な時、座代わりとなり、山田住職は帰国、その後スペインへ赴任、シカゴから現在の妙法寺住職、高野泰信御住職が来られたわけです。

脱会希望者は日々どんどん増えてきました。当初30名、それが100名、200名、500名・・・・、高野御住職も中心者を模索されておられました。

そこでアメリカなので民主的に選挙で決めよう!ということになり、私が講頭に選ばれたのです、副講頭はジェフ・シルバー君(ユダヤ人)、そのあと、講頭になったクリスさん、現在の講頭であるダンさんは幹事になったのです。

当時、ニューヨークの講頭も日本人でした。・・名前は忘れました。

しかしながら「講頭役はアメリカなので、アメリカ人がいいだろう」、ということで、ちょうど私が講頭を降り帰国寸前たあたりにアメリカ日蓮正宗全寺が「法華講連合会」の仲間入りをし、規定により、ダン・メンザーシが猊下の認証を受け、講頭となったわけであります。

以上、お分かりでしょうか。

 先づ本題に入る前に触れて置くが、黒川和雄君はスペインの野口信之氏を講頭仲間だと吹聴していると聞き及んでいるが、野口氏は黒川和雄君の講頭仲間ではないことを指摘して置く。在西妙昌寺が建立される以前のことであるが、野口氏が理事長を務めていた「スペイン日蓮正宗(創価学会)」は平成三年早々に潰滅に到り、日蓮正宗の信徒団体として同年六月二十三日に「正法日蓮正宗スペイン」として結成許可が被下れており、しかも「正法日蓮正宗スペイン」の「代表」として当時御法主の日顯上人猊下から認証辞令は交付されていたが、「講頭」とは呼ばれていなかったのである。野口氏が「講頭」となったのは「法華講妙昌寺支部」が結成されてからである。(ちなみに同年にインドネシアでもセノスノト氏は「日蓮正宗佛教インドネシア」の「会長」として認証辞令が交付されている。海外だから、選挙で決める、認証辞令は存在しない、は事実ではない)

【黒川和雄君の妄言一に曰く】そこでアメリカなので民主的に選挙で決めよう!ということになり、私が講頭に選ばれたのです

 黒川和雄君が信徒のミニグループでリーダー気取りでいたことは事実である。しかし黒川和雄君が羅府妙法寺支部の講頭であった事実はない。更に「支部」と名乗る組織は日蓮正宗宗規に基づき結成され、「講頭」は宗規に基づき御法主上人猊下から認証状を交付された者を指すのである。平成七年に「法華講妙法寺支部」が結成されたのに、それ以前に羅府妙法寺には「支部」もなければ、「講頭」も存在しないのである。

 また当時の在米寺院を知る方々とも情報を直接交換しているが、黒川和雄君が初代講頭であったと述べる方は一人もいなかったのである。米国は寺院のなかったスペイン等とは異なり、已に寺院も建立されており、日蓮正宗宗務院海外部直轄の公法人日蓮正宗寺院(NST)が統括する制度が昭和五十四年※からあったのである。平成三年となり、他の在米寺院と同様に羅府妙法寺も直属信徒が増え始め、そのミニグループで平成四年頃からリーダー気取りでいたのが黒川和雄君であった。それだけのことである。(※NSTは昭和五十四年五月十五日に日本国文部大臣認可宗教法人日蓮正宗宗務院直轄法人として米国政府から“NONPROFIT CORPORATION NICHIREN SHOSHU TEMPLE”として設立認可され、同年八月二十四日に設立記念法要を厳修している)

 「アメリカなので民主的に選挙で決め」るも事実ではない。講頭諸役の指名権は指導教師にある。信徒が勝手に選挙で講頭を決めて、僧俗一致が出来る訳がないではないか。仮に人格に問題のある信徒が当選したならば、僧俗和合が崩れてしまうではないか。指導教師が適材適所を勘案して「講頭はあの方にお任せしよう」と指名されて決まるのである。指導教師の指名に基づき、野口氏のように管長猊下から認証状を賜るのである。(寺院がない場合は宗務院海外部や担任教師がリーダー候補をピックアップして管長猊下の御裁決を賜る)

【黒川和雄君の妄言二に曰く】アメリカ日蓮正宗全寺が「法華講連合会」の仲間入り

 海外寺院は宗務院海外部直轄であるから、その法華講支部は日蓮正宗法華講連合会には加盟しないのである。

 国内寺院の法華講は結成されると、所定の手続きを経て日蓮正宗法華講連合会に加盟し、支部講頭は日蓮正宗法華講連合会○○地方部理事にも任じられるのである。而るに海外寺院の法華講支部は日蓮正宗法華講連合会に加盟していないのであるから、その理事には任じられることがないのである。

 黒川和雄君は自身の所属を「日蓮正宗大阪南布教区妙輪寺支部法華講」と称していると聞き及んでいるが、第六十六世日達上人や御隠尊日顯上人の御指南にある、本宗伝統の「縦と横」を理解しておらず、それが会やサークルなどの反宗門組織を結成してしまったのではないかと私は憐れむものである。宗務院・布教区と寺院の縦、連合会・地方部と法華講支部の横を理解していれば、「大阪南布教区妙輪寺支部法華講」などと頓珍漢な言い方はしないのである。

 恐らく黒川和雄君は元所属寺院の活動にも、また地方部の活動にも参加することが甚だ少なく、宗務院(布教区)と寺院、連合会(地方部)と講中の関係を理解することが出来なかったのではないであろうか。

 黒川和雄君が件の自称「有志の会」は宗務院から結成の御許可を頂戴したと詐言した時に、彼は活動家ではない、宗務院(布教区)と寺院、連合会(地方部)と講中のことも理解していないと私は直感した。本来、このような布教団体を結成するには、宗務院(布教区)と寺院指導教師、連合会(地方部)と布教団体の代表者が綿密な打ち合わせをし、宗務院から結成許可の内諾を経て、指導教師と代表者が御法主上人に御目通りを頂くのである。組織許可書と講頭等の認証状が交付され、結成大会(結成式)の運びとなるのである。故に自称「有志の会」は宗務院から結成の御許可を頂戴したとの詐言があったと聞き及んだ時、「これは七百五十年の宗史未曾有の不祥事になった」と私は思ったのである。

 海外講中の場合は、宗務院海外部直轄であるから、布教区や連合会(地方部)と打ち合わせをすることもなく、講中の結成は海外部の内諾を経て管長猊下が結成許可書を交付され、講中諸役は指導教師の信任指名に基づき管長猊下が認証状を交付被下るのである。海外講中が法華講連合会に加盟することは制度上有り得ないのである。

【黒川和雄君の妄言三に曰く】冨士宗学研究とここの連中が勝手に詐称と言っているだけ

 正確に述べれば冨士宗学研究がある日突然に「詐称だ」と言い始めた訳ではない。平成十年頃であったであろうか、インターネット問題に対処されていたA氏の下に集まっていた有志数名が機関誌「大日蓮」平成三年からの全録事を調査して、その結果、黒川和雄君が講頭でなかったことが判明し、その調査結果が松木孝嗣君にも知らされ、平成十四年頃に松木君が「詐称だ」と吹聴し始めたのが濫觴である。

 「私は最初から『初代講頭』と言っております」とも述べているが、途中で流石に詐称は拙いと思った黒川和雄君はアーノルド・シュワルツェネッガー氏がドイツ系であるから米国大統領にはなれないとして、自分も日本人であるから初代講頭ではないと前言を撤回したこともあるのである。

 兎も角、切りがないので、本稿を以て黒川和雄君の講頭詐称問題は最後とするが、これ以上黒川和雄一派が講頭詐称を否定するのであれば、機関誌「大日蓮」平成何年何月号の録事に認証辞令が掲載されているのかを明示すべきである。明示出来なければ黒川和雄君の講頭詐称問題は結論が出たと判断して、本稿を以て最後とする。
  1. 2012/07/14(土) 07:00:00|
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三笠宮寛仁親王殿下の御鴻徳を偲び奉る

 昨日は三笠宮寛仁親王殿下の斂葬の儀が豊島岡墓地でしめやかに営まれ、私も参列させて戴き、御遺体に対し奉り御題目を言上し奉った。御柩の前にはスキーをされている寛仁親王殿下の御遺影が掲げられ、「スキーの宮様」として人心に親しまれたお姿を留めておられた。

 
拙稿「三笠宮寛仁親王殿下薨去の報に接して」を発表するや、五人の法華講員御同朋から電子メールを頂いた。福祉関係の方、公務員の方、元公務員の方である。何れの方も寛仁親王殿下から直接お言葉を掛けて頂いたことがあり、御慈愛溢れる殿下の御鴻徳を讃えると共に薨去を悼むものであった。

 産経新聞に作家で日本財団会長の曾野綾子さん筆の追憶談が掲載されていた。あるボランティアグループが日本国内で使用されなくなった電動車椅子をカンボジアに送ろうとしているが、現地で日本の電動車椅子は使えるものなのか、との御下問が曾野さんにあったそうである。

 殿下は仁慈に富まれ、一視同仁に国民(くにたみ)を見そなわし賜うのみならなず、外国々(とつくにぐに)にもお慈しみの御心を垂れ給われあそばされた。我が国は勿体なくも皇室は国民を「おおみたから」としてお慈しみ給い、国民は皇室を一天万乗と仰ぐ君民一体の万邦無比の国柄である。「義は君臣、情は父子」と云うように、皇室と国民は道義の上では君臣の関係ではあるが、情愛の上では親子の関係とも云うべき麗しき紐帯である。昭和・平成の御代に於て、それを率先して実践せられたのが寛仁親王殿下であらせられた。

 斂葬の儀でも寛仁親王殿下の御仁慈・御鴻徳を偲び奉り、また薨去を悼み、涙ぐむ参列者が多く見られた。福祉関係の参列者の一人は「殿下には大変大きな御恩を戴きました。これからは福祉に尽力して殿下の御恩に報いたい」と話しておられた。

 斂葬の儀から帰り、拙宅御宝前にて香を捻り、華を散らして、寛仁親王殿下の御鴻恩に報恩謝徳申し上げ、追福作善供給奉養の読経唱題を捧げ奉った。
  1. 2012/06/15(金) 07:00:00|
  2. 時事雜感|
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